私が高校一年生の時、姉が結婚した。優しいとは言えないまでも、それなりにちゃんと仕事をしていて、見た目も格好良くて、なるほど確かに姉らしいチョイスの旦那だと私は思った。 姉夫婦はそれから二年間、二人の子供をもうけてそれなりに楽しく暮らしているようだった。時折「喧嘩したから」と実家に家出をしてきてはいたけれど、概ね問題は無いようだった。愚痴のような惚気のような話を延々と聞かされたのも記憶に新しい。 けれど私が高校三年の終わり頃、姉夫婦は唐突に離婚をした。原因は義兄さんの浮気だった。 姉はまだまだ小さな子供二人を連れて実家に戻り、意気消沈というよりは怒りに突き動かされるようにして日々を過ごしていた。私は姉を不憫に思うと同時に義兄へ憤りを抱きはしたけれど、姉が嫁に出たからと独り占め出来ていた自室がまた昔に戻ったことを微かに残念だと思っていた。 それから数ヶ月が経ち、私は実家を出て県外の大学へと進学していた。 夢の独り暮らしは誰にも邪魔をされることなく、友人と遊んだり恋をしてみたり、友人に勧められたゲームにハマったり、料理やお菓子作りにハマったりととても楽しいものだった。趣味に使うお金のためにバイトをしすぎて単位はだいぶ落とした。 それでもなんとか四年が過ぎて大学を卒業し、けれど就活はロクにしなかったので今現在はフリーターとして自堕落に生きている。 高校時代からバイトはずっと続けていたのでそれなりに貯金はある。故に本当に自堕落な生活だ。 彼氏がいるわけでもなく。時折大学時代の友人やバイト先の友人と遊んだりはするものの、休日は一人で街をぶらつくか家でゲームをするかの日々。別に問題があるとは思わない。満足している。 そんな日々を過ごしていて、そういえばもう二年くらい実家に帰っていないな、とふと思い出したとき。 まるでタイミングを見計らったかのように、珍しく母からメールがきた。 『絢佳が結婚することになったよ。相手は真田幸村さんって人』 「……ファッ!?」 とても高い声が出た。 いや待て、慌てるな。まだ慌てるような時間じゃない。 ここらでひとつ話をしておこうと思う。 前述した「友人に勧められたゲーム」とは戦国バサラという名前のものである。戦国時代の武将達をどえらい解釈でキャラクター化したアクションゲームだ。 最初は「こんな戦国武将がいてたまるか」と唾を吐き捨てそうな気持ちだった。それにまさかこんなどっぷりハマってしまうとは……バサラ……なんて恐ろしい沼……、いやそれはどうでもよくて。 私はそのキャラクター達の中でも、特に主人公枠である赤い子が大好きなのだ。可愛いし、直向きだし、ちょっとうるさいけどそんな欠点を補って余りある魅力に溢れた子。 ――名前を、真田幸村という。 「こんな偶然あってたまるか……」 母からのメールを何度も見返し、幸村が好きすぎるが故に見た幻覚では無いことを確認する。そこには確かに、「真田幸村さん」と書かれていた。幸村にさん付けってなんか似合わねー…。 とりあえず『まじか。どんな人?』と返信しておく。数分経って、スマホがティロリンと軽快な音を鳴らした。メールを開く。 『見た目は可愛い系。春佳が好きそうな感じ。元気で礼儀も良くて、絢佳には勿体ないくらいの人だよ。なんかお家も古くから続く名家なんだって』 う、うん……。それもうほとんど幸村じゃないかな? ……ていうかもう幸村だよ! 何これどういうこと?ちょっと待って意味わかんない。慌てるような時間な気がする。 直ぐさまスケジュール帳を確認し、バイト先のグループにラインを送る。どうにかこうにか一週間の休みを、来月ウン連勤することとお土産を買って帰ることでとらせてもらい、私は部屋をひっくり返す勢いで準備を始めた。 その幸村さんとやらには触れないまま、母に『今からそっち帰る。駅つく時間わかったら連絡する』とメールを入れる。今日の勤務は知らんけどなんとかなると思いたい。 もうわけわかめな状況にこんがらがる思考回路の中、『そう?じゃあみんなで焼肉にでも行こっか〜』というのほほんとした母のメールに、スマホを投げ飛ばしたい気持ちになった。 ← → 戻 |