伊達さんに駅まで送ってもらい、帰宅する。
マンション内の廊下を歩き、私の部屋に辿り着いたところで、静かに隣の部屋の扉が開いた。覗くのは、にっこりとしているはずなのに、笑っているように見えない佐助の表情。

「おかえり、春佳ちゃん」
「……ただいま」

そのまま外に出て、部屋の鍵を閉め、当然のように私と共にこっちの部屋へと入ってくる。どうこう言う気も無いまま玄関の電気をつけようとすれば、ぱしりとその手をとられた。
背後でがちゃりと、鍵の閉まる音がする。

「何す、」
声は途中で途切れた。

暗闇の中で、佐助に後ろから抱き竦められたからだった。首筋に顔を埋めるようにして、片手を拘束したまま、反対の手はお腹に回される。
すぅ、と佐助が深く息を吸った。首筋に吐息がかかり、くすぐったいなと身を捩る。

「……ラーメンと餃子。ちょっと煙草。ついでに嫌ぁな男の臭い。くさい」
「こわっ、犬か」

あまりにも正確に言い当てられ、佐助の発する声音はとても低く機嫌の悪いものだと理解はしていたのだけれど、つい引き気味にツッコんでしまった。
佐助はだんまりのまま、私の首……というか肩に、顔を埋めたままである。臭いと言うのなら離れればいいのに。

体格差のせいで抵抗は出来ず、とりあえずされるがままにしておく。
お腹に回された手はきつく服を握りしめていて、これは皺になるかもなあと薄手のワンピースへ思いを馳せた。まあ皺になったら佐助に直させればいいか。

「春佳ちゃんは俺のなのに」
「私は私のものですけど」
「敬語」
「今のはツッコミとしての敬語じゃん」

次第に拘束の力が緩んでいき、佐助の顔も離れていく。ほ、と安堵の息が漏れたことから、自分がそれなりに緊張していたのを自覚した。
靴を脱ぎ、廊下へとあがってから電気をつける。そして佐助の顔を見上げ、彼が思いの外拗ねた顔をしていたものだから笑ってしまった。私より五つも上の癖に、子供のような表情をする人だ。

「なに笑ってんの」
「いや別に。こっち来たってことはお風呂用意してくれんの?」
「……まあそのつもりもあったからいいけど……。春佳ちゃん、危機感無さ過ぎ。俺様の前ならいいけど、他の男の前でそんなんじゃすぐに食べられちゃうよ」

ワンルームの定位置に鞄を放って、羽織っていたカーデを脱ぐ。クーラーをつけて涼しさを生身の腕で感じていれば、そんな私を佐助が呆れた視線で見つめていた。
伊達さんと言い佐助と言い、私に対して呆れすぎだと思うんだが。

「春佳ちゃん、返事」
「以後気をつけますう」
「語尾を伸ばさないの」

母親のような物言いに軽く舌を出す。「かわいくねーの」なんて溜息混じりに言いながら佐助は浴室へと消えていった。
扉が閉まる音を聞き、クーラーを少し弱めてベッドに腰掛ける。


俺様の前ならいいけど、だって。どう見ても一番危ないのは佐助なのに。
別に私が佐助に対して無抵抗だったり無防備だったりするのは、「わざとだよ?」なんて展開を起こすためじゃない。さすがにそんな事ができる人間じゃない。

客観的に自己分析をするのなら、私は寂しがりな強がりだ。他人をあまり懐に入れたがらない癖に、どうしたって他人を求めてしまう。
佐助はもう既に、そんな私の中で数少ない、内側の人間となってしまっていた。だから無意識にも、意識的にも、気が抜けてしまう。元来私は警戒心の強いタイプじゃない。私の警戒心は、後天的についたものだ。
だから私は佐助を受け入れている。そして同時に、激しく拒絶している。

「めんど〜……」
「何が?」

そんな自分に呆れ果てて呟く。とうとう自分で自分に呆れてしまった。
お風呂の用意を終えたらしい佐助が、私の独り言に問いかけてくる。答えようかどうしようか少しだけ悩んで、「明日のバイト」と曖昧に笑った。

「休めばいいじゃん」
「無茶言うね」


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