「春佳。Sorry,待たせたか?」 「いえ、大丈夫です。五分くらいだったんで」 「そこは「ううん、今来たとこ」って言うところだろ……」 「何で伊達さんにそんなテンプレ台詞言わなきゃいけないんですか」 約束の日。バイトをあがってから喫茶店に寄り、集合場所で待っていた私を伊達さんは慣れた様子で車に乗せる。 私が助手席に乗ったのを確認してからドアを閉める伊達さんを軽く見上げ、やっぱり普通はシートベルトなんか締めてこないよなあといつぞやかの日を思い出した。 佐助には、友達と食べてくるから晩ご飯はいらないと伝えてある。佐助の作ってくれる美味しいご飯が食べられないのは些か残念だけれど、伊達さんに連れてってもらうラーメンはとても楽しみだ。きっと美味しいだろう。 「本当にラーメンで良いのか?」 運転席に座り、ゆっくりと進み出した車の中で伊達さんがやや呆れたように呟く。 「勿論ですよ。それに、あんまりお高いとこ連れてかれても、私そんなお金無いですし」 「……お前、ラーメン代自分で払う気満々だな?」 「当然じゃないですか。借りを返すために来たのに、奢ってもらっちゃ意味無いです」 ヒュウ、となぜか伊達さんが口笛を吹く。そして続く「Coolだな」の言葉に、首を傾げた。今の私にカッコイイポイントがあっただろうか。 「大概の女は、俺に奢られるのが当然ってツラしてるぜ」 「それは伊達さんがそういう人付き合いをしようとしてるからじゃないですか」 「……お前、たまにキッツイこと言うな」 「出過ぎた真似をスミマセン」 なんとなく、政宗と佐助が似ているとこの前思ってしまったせいだろうか。伊達さんへの遠慮が時折剥がれてしまう。 やや棒読みとは言え本心に近い謝罪も、伊達さんはけらけらと笑い飛ばしてしまった。「That's right.確かにそういう女を呼び込んでんのは俺だな」と、やっぱりまた笑う。 それはどことなく、自嘲の笑みに見えた。 「こう何度も人生繰り返すとな、少しだけ諦めが上手くなっちまうんだよ。理解してくれる奴だけが理解してくれりゃあそれでいい。他はいらねえ、ってな」 「……、」 へえともふうんとも聞こえる妙な声を出せば、「もうちょっと興味持てよ」と横目に睨まれてしまう。 興味が無いわけじゃない。ただ、何と言えばいいのかわからなかった。 その気持ちは私にも理解できる。ある程度の話せる存在がいれば、もうそれ以上の人たちには理解を求める気にもならない。自分を知ってもらうことに疲れてしまうんだ。 だけど伊達さんのそれは、私の知るモノよりきっと、とても深いのだろう。そして恐らく、……伊達さん以外の人たちのモノも。 「そう考えると、俺を知ってる春佳は楽な存在なんだ」 「私だって、別に伊達さんを深く知ってるわけじゃありませんよ。実際に会って話した回数なんてたかが知れてますし。……ゲームを通じて知り得る情報なんて、この世の貴方達相手にはさして意味も無いでしょう」 「……まあな。だが、足がかりにはなる」 薄く笑う伊達さんに顔を向ければ、一瞬だけ視線を合わされた。 ひとつだけの瞳に、やっぱり、と考える。 この人は佐助と少し似ている。そして、私自身とも少しだけ似ていた。 自分のことを知って欲しいけれど、知った上で拒絶されるくらいなら、もう既に懐に入っている人たちだけで良いと。自分はそれで満足しているのだと、自分に言い聞かせるようにして生きている、寂しがりな強がり。 根っこのどろりとした歪みを諦めて、受け入れたふりをしている人。 「……なんかちょっとだけ、伊達さんと仲良くなれそうな気がしてきました」 「Ha!ならまずは、呼び方を政宗に変えるとこから始めようぜ」 「善処します」 「日本人発揮してんじゃねーよ」 くすくすと笑う。拗ねたように唇を尖らせる伊達さんは、「ちくしょうラーメン奢らせんぞ」とぼやいていた。 それはお財布的にも困るので、お店につくまでになんとか機嫌を直してもらわなくては。 * 美味しいラーメンと餃子に、満面の笑みで舌鼓を打っていれば「お前、ほんっと美味そうに食うな」と無駄に優しい笑みを向けられてしまった。なんだかデジャヴである。 「連れてきた甲斐があった」 「似たようなこと佐助にも言われたんだけど」 うっかり敬語がとれてしまったと考えていれば、先まで浮かべていた笑みを伊達さんがゆっくり消していく。そうして妙に険しい表情となって、伊達さんは一旦箸を置いた。 つられるように、私も食べる手を止めてしまう。……ラーメン、伸びなきゃいいけど。 「春佳、猿には気をつけろって言ったよな?」 「言われましたね」 「小十郎から、最近こっちにある真田の会社に猿飛って名前の奴が移ってきたと聞いたんだが」 「どう考えても佐助ですねえ」 「……お前、今どういう状況なんだ」 何でそれを伊達さんに話さなきゃいけないのだろうか、と思わなくもない。思わなくもないが、伊達さんは至極真面目な表情である。 しゃあなしに肩をすくめて、ここ一ヶ月ほどの状況をかいつまみ気味に吐露した。もちろん、部屋から青色が消えてっている事だの、下着が捨てられていた事だのは話していない。 けれど、伊達さんの表情はどんどん険しくなっていく。あんたらどんだけ仲悪いんだ、そしてそこに私を巻き込んでくれるな、の気持ちである。 「春佳…………、」 「なんか言いたいことあるならはっきり言ってくださいよ」 「お前その内食われても文句言えねーぞ」 「でーすよねー」 どうせそこら辺のセリフが飛んでくるだろうとは思っていたさ。 私のあっけらかんとした、もしくはぞんざいな返答に、伊達さんは顔を顰める。えへ、とわざとらしく笑ってみせてから、テーブルの真ん中に置かれている餃子のお皿に箸を伸ばした。 「伊達さんの忠告はちゃんと覚えてますよ。佐助が何だかおかしいこともわかってます。私なりの線引きはしてるので、ご心配なく」 タレにつけた餃子をはくりと噛み、少し冷めたおかげか食べやすくなったそれを咀嚼する。この肉汁と肉の旨味、野菜の甘みがたまらない。 伊達さんも箸をとり、餃子を掴む。恐らく私に向けたのだろう溜息を吐きながら。 「なあ春佳、お前、人を好きになったこと無ぇだろ」 「無いですよ」 餃子を咀嚼しながらの言葉に行儀が悪いと思いつつ即答すれば、伊達さんは目を丸くして瞬きを数度繰り返した。そこまで驚かなくても、と曖昧に笑ってみせる。 「でもあくまで恋愛的な意味で、です。LIKEとLOVEの違いってとこでしょうか。それなりに経験はありますし、文字としての理解はしてますよ」 「……絶対ェ「本当に俺のことを好きでいてくれてるのかわからない」とか言ってフラレるタイプだろ、春佳って」 「よくわかりましたね、それ高校の時の彼氏に言われました」 伊達さんが呆れたとでも言いたげに肩をすくめる。 ちなみに大学の時の彼氏には「春佳といると不安にしかならない」と言ってふられた。申し訳ないという気持ちもあるのだけど、私なりに努力はしたのに散々な物言いだとも若干思っている。 歴代の元彼を浮かべてみれば、確かに私はそれなりに彼らを好いてはいたのだ。いたのだけれど、それはあくまで人として、友人としての好きに過ぎず。結果としては、やっぱり私は彼らを愛してはいなかったのだろう。 好きという感情、もしくは愛情は、私にとって理解し得ないものでしかない。 別段それに寂しさやらを抱きはしないが、時々生きづらいなと思うことはある。 「生きづれえだろ、"好き"を理解出来ねえのは」 だから、それを伊達さんに言い当てられたのには、本当に驚いた。そして伊達さんが浮かべているのが、自嘲の笑みであることにも。 「――俺も一緒だ」 ← → 戻 |