他人は自分以外の存在を守る事なんてしない。他人は、私以外の人は、私を守ってはくれないのに、勝手に侵入して傷付けることだけをする。
だから私は、自分以外の人間を身近なスペースに入れたくはなかった。自分で自分を守る以外の方法を、私は知らないから。

だけど、私は今の状況から、佐助という存在を排除する方法も知らなかった。


 *


八月下旬。まだまだ暑い日差しの中、お昼のニュースを流しているテレビをぼんやり眺める。
台所では換気扇とコンロの油汚れが気になったのか、佐助が簡単な掃除をしていた。時折コンロがかたかたと鳴る音と、スプレーを噴射しているらしい音が聞こえてくる。

テレビに映されているのは、昨年の今頃にオープンしたパンケーキ店である。開店直後からそれなりに繁盛しているらしいその店は割と近場で、今度佐助に連れてってもらうのもアリかもなと、美味しそうなパンケーキに顔を綻ばせる芸能人に目を細める。
黒いエプロンをつけて佇む女性が、店長だろうか。黒のプリーツスカートから覗くすらりとした脚にほほうと妙な顔をしつつ、芸能人たちの言葉に耳を傾ける。

『お姉さんが店長さん?若いのにすごいねえ』
『あ、いえ、えっと、私はバイトなんです』
『およ、じゃあ店長さんは?』
『て、店長はその、ええと……恥ずかしがり屋さんで?』

恥ずかしがり屋て。せっかくお店の宣伝となるだろう時に、店舗やメニューの説明をバイトに任せるとは、ある意味大物な店長である。
私のバイト先にもああいった取材が来ることは度々あるが、その時は必ず店長が応対している。割とダンディ系なイケメンなので本人も自分がテレビ映えする自覚があるんだろう。店長が取材の時間を持てない時は、バイト全体をまとめているリーダーが出演することもある。
なんにせよしがないバイトである私には無関係な事で、今現在テレビ画面の中でおろおろとしているバイトの女の子は可哀相だなあと思った。顔を真っ赤にしてほんのり泣きそうですらある。
と、その子の頭が画面の外側から、パコンと丸いトレーで叩かれた。びっくりして大仰に肩を跳ねさせた女の子が『なっ何するんですか!』と叩いたらしい犯人を涙目で睨めつける。そんな表情も可愛い。

『誰が恥ずかしがり屋ぞ。そなたはもう下がっておれ、後のことは我が説明する』
『なら、最初からそうしてくださいよ……』

「……っおお!??」
「っうわびっくりした!どしたの春佳ちゃん」

テレビ画面に映ったのは、焦げ茶の髪をセンターで分け、外側につんつんと跳ねさせた切れ長の目のイケメン、いや美人であった。見覚えがありすぎるほどにある外見と、聞き覚えがありすぎるほどにある喋り方の。
変な声を出した私に、油汚れがべっとりついたままの雑巾を持った佐助が近くまで歩み寄ってくる。
声にならない声でテレビを指させば、合点がいったのか「あ〜」となんとも気の抜けた声をあげた。卓上のアイスココアを二口三口飲み下し、「知ってた?」と問いかける。
私自身、毛利がパンケーキ屋の店長をしているという事は、元親さんから聞いて知っていた。だけどまさかそれをテレビで目の当たりにするとは思わなかったわけで。

「うん、ちょくちょく行ってたしね、あそこ。最近は並ばないと入れないくらいになったから、俺様は行ってないけど。あのお店の常連、やたら西軍率高いから行ってみたら色々会えるかもよ?」
「おっ、ほう……なるほど……ちょっと行きたくなるなあ」
「あのバイトの子も可愛いしね」
「だよね!?」

未だに画面の隅っこで、恐らく怒りや羞恥だろう感情で震えている女の子。それを時折見やる毛利の目が優しいことから考えて、あの子がきっと元親さんの言っていた毛利の彼女なんだろう。なるほど確かに、言われてみればお似合いに見える。

「ああ見えて二人っきりだと女の子の方が強かったりしてたら面白いよね」
「お店でもちょっとそんな感じあるけどね。毛利の旦那、あの子にベタ惚れみたいだし」
「うへえ〜、知将を口説き落とすテクニック教えて欲し……、あ」

顔を合わせないまま続けてた佐助との会話の最中、はたと思い出す。
明らかに何かを思い出した風な声をあげた私に、佐助が「どしたの?」と問いかけてきたが、とりあえずは「何でもない」と返答した。怪訝そうな気配を感じはするが、佐助は何も言わず台所へと戻っていく。


毛利を見て、思い出した。伊達さんとの約束。向こうからも特にコンタクトは無かったからすっかり忘れていた。
……前、送ってもらっちゃったし、連絡した方がいい、よなあ……。あと片倉さんの畑は単純に見に行きたいし。この時期だとトマト、とうもろこし辺りだろうか。キュウリや茄子も場合によっちゃありそうだ。

片倉さんの畑に心を躍らせつつ、スマホを手に取る。横目に佐助がこっちを見ているのに気付きはしたが、もちろん互いに何も言うことはなかった。
『お久しぶりです。すっかり遅くなってしまいましたが、まだご飯と畑の約束は有効ですか?今週の水曜ならご飯行けます。あと土日はあいてるので片倉さんさえ良ければ是非畑を見に行かせてください』とメールを送る。絵文字も顔文字も無い簡素なメールだったが、返事は存外早くに届いた。

『遅えよバカ。水曜なら俺も空いてる、十八時に家まで迎えに行く。小十郎に訊いたら土曜がいいってよ。ちゃんと働ける格好しとけよ。その日も迎えに行くから』

英語のえの字も無いメールに少し笑い、返信を打つ。
なんとなく、伊達さん達に会っていることを佐助には知らせない方がいいだろうと思った。あの人は伊達さんをあまり好いていないようだし、結婚式の時のことを考えると、ますますそう思う。
だからマンションまで来て貰うのはどうかと思い、迎えは最寄りの駅でお願いした。

だいたいの連絡を終えて、スマホをベッドの上に放る。
ふう、と息をつき、頬の筋肉が緩むのを感じた。

「なんか嬉しそうだね、春佳ちゃん」
「そう?そんなことないよ」

ああ早く、土曜日にならないかな。


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