休みの日、夕方。すっかり乾いた洗濯物を黙々と畳む私の後ろで、佐助は晩ご飯の用意をしている。今日は私のリクエストでカレーだ。サラダをつけるつもりらしい佐助はプチトマトの湯むきをしていた。

バスタオルや服なんかを畳み終えて、下着と靴下に手を伸ばす。そこではたと思い出して、立ち上がり、クローゼットを開いた。カラーボックスにきちんとしまわれた下着を眺めてから、クローゼットを閉める。
佐助の後ろを通り過ぎて、明日出す予定のゴミ袋の中を見た。そこに、私の捜し物は無惨な姿で捨てられていた。

「……佐助さん」
「何?っていうかすごい久々にさん付けたね」

ゴミ袋の中からそれを取り出すつもりにはならなかったので、そこを指さす。
振り向いた佐助は、それだけで理解したのか「ああ」と納得の声を出した。

「何で下着、捨ててあるの」

私の人差し指の先には、びりびりに破かれた……いや切られた?、青の下着。あの日、初めて佐助が此処に来たとき、眺めていたモノだ。
使って洗濯機に入れたはずなのに、ハンガーにかかってないなと気付くのが遅かったのは、洗濯物を干したのが佐助だからだ。

佐助はガスコンロの火を止めて、鍋の中のプチトマトをざるに移す。それを水にさらしながら、何でもないことのように呟いた。

「言ったでしょ?春佳ちゃんに青は似合わないって」
「……それは聞いたけど、だからって捨てなくても」
「下着の数が減って困るなら、俺様が新しいの買ってあげる。ちゃんと、春佳ちゃんに似合う、綺麗な色のを」
「そういう話じゃなくて……」

溜息混じりに、佐助へと視線を向ける。
そして……私は口を噤んだ。これ以上、もう何も言うことは出来ないと悟った。

佐助が異常なまでの無表情で、あたしを見下げていたからだった。

「別に問題は無いでしょ?春佳ちゃんも自分で青は似合わないって言ってたじゃん。サイズもちょっと合ってなかったみたいだし。……ね?怒ってるなら、今度俺様と新しいの、買いに行こ」

最後には柔らかな微笑みを浮かべて、私の頭を撫でた。
その大きな掌が、今の私には恐怖の対象でしか、ない。


正直なところ、下着を捨てたことに関してはそこまで気にしていないのだ。サイズが合わなくなってきていたのは事実だし、前も言ったが青色が特別好きなわけでもない。新しい下着が自腹を切らずに手に入るのなら、ラッキーだともちょっとだけ思う。
でも、捨てるだけならともかく。……こんなびりびりにする必要は、無いんじゃなかろうか。
破いたのか切り刻んだのかまではわからない。ただ盗難防止の為に刻んだだけかもしれない。でもそれなら、黒いビニール袋にでも入れればいいのに、それはぽんとゴミ袋の中に放られている。
申し訳程度に下着の布と布の間を繋ぐ糸が、まるで理不尽な怒りをぶつけられたことに対する抗議のように思えた。


「……春佳ちゃん、怒ってる?」
「いや、怒ってはないけど」

佐助が私の頬を撫でる。その熱に眉を寄せながら、掌へと視線を向けた。

いよいよもって、なんだか怪しくなってきた。
佐助が普通じゃなかったとしても、どこか歪んでいたとしても、私に害が無いならどうでもいいと思っていた。
人は誰だって心のどこかが歪んでいる。真っ直ぐに見えても、やっぱりどこかは歪な線を描いているものだと、私は思っている。むしろ一直線のみの人がいたとすれば……それは直線という名の歪みなのだ。真っ直ぐであればあるほど、人は容易に折れてしまう。多かれ少なかれ歪むことで、人は楽に生きられるんだと思う。
だから佐助の歪みにも興味は無かった。私には関係無かったからだ。
でも、その歪みは徐々に私の生活を侵してきている。実害と言うほどのものではないけれど、私は私の生活が他人に侵されるのは、……あまり好きではない。

やっぱり、と瞳の奥がいやに冷えていくのを感じた。

「どうしたの?春佳ちゃん。やっぱり怒ってる?」
「……そう思うなら、デザートにヨーグルトムースでも作ってくれればいいよ」
「それ、今言う!?ヨーグルトなんて今冷蔵庫入って無いんだけど!」
「買ってくればいいじゃない」

にっこりと笑えば、佐助は困惑の声をあげて、肩をすくめる。
その様子を眺めて、私は心の扉に、もうひとつ厳重な鍵をかけた。この鍵でいったい、何個目だろうか。

――やっぱり、自分の生活に、自分以外の人間なんて入れるものじゃない。


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