佐助のいる生活に慣れるのは、存外簡単だった。

朝の九時にインターフォンを鳴らし、うちに来る。私が起きていたら佐助の作った朝ご飯を一緒に食べて、起きていなかったら昼前にまたやってくる。
昼ご飯もやっぱり佐助と一緒に食べて、その後は掃除や洗濯、片付けなんかをしている佐助の手伝いをしたり、私は私の用事をしたりする。
夕方には一緒に買い物に行って、晩ご飯を一緒に食べて、佐助がお風呂の用意をする。私がお風呂に入っている間に佐助は食器を片付けて、お風呂からあがった私の髪を乾かしたりしながら雑談をし、夜の九時が来る頃には隣の部屋へと帰っていく。

私がバイトの日は、バイトに間に合うよう起こしに来て、やっぱりご飯の用意をしてくれる。
バイト先まで車で送ってくれて、バイトが終わる頃に迎えに来てくれる。家に帰ればお風呂とご飯の用意がされていて、「ご飯にする?お風呂にする?それとも俺様?」なんて茶化してくる。私は真顔で「お風呂」と答えるのだけれど。

私が疲れている時には肩を揉んでくれたり、甘いデザートを作ったりしてくれる。
くだらない愚痴にも付き合って、解決策を提示してくれる日もあればただ同意を示してくれるだけの時もある。それが私の求めている反応とぴたりと一致しているのだから、ありがたいと思う反面怖くもあった。

毎日、洗い立てのタオルや服を使う。食器はいつだって綺麗で、シンクにたまる事もない。お風呂に入りたいと思った時には既にお湯が沸いていて、毎日美味しいご飯が出てくる。
実家にいた時以上の待遇に、私はその内ダメ人間になるんじゃないだろうかと考える。

だけど、佐助のする"お世話"とやらは、ただただ私の身の回りの仕事を請け負う事だけじゃない。
私に何の用事も無い時には、料理のレシピを教えてくれたり、一緒にキッチンに立ったりもする。佐助が食器を洗っている間に洗濯物を畳むよう指示されることもあるし、大がかりな掃除なんかは二人で分担してやることとなる。
佐助に何らかの仕事がある時は電車でバイト先に行くし、ご飯も自分で作る。


そんな生活が続いて、半月ほど経った。暦は八月のど真ん中をさしている。

「慣れって恐ろしい……」

私は塵一つ転がって無いんじゃないかとすら思える程に綺麗な自室をぼんやり眺めて、呟いた。
今、この部屋には私しかいない。今日は佐助がお仕事、らしいからだ。

先の発言は、迎えてくれる人がいない事に若干の虚しさを感じてしまったが故に出たものだった。いやほんと、慣れって恐ろしい。

鞄を定位置に置いて、とりあえずベッドに腰掛ける。
綺麗に片付いた部屋。居心地は悪くない。面倒臭がりだからなかなか片付けられないだけで、元来は綺麗な部屋の方が落ち着ける質だ。
だけどなんだか、妙な違和感がある。
昨日は佐助だけが部屋の片付けをしていたからだろうか。何か、何か違和感。

「……あ、」

ベッドの宮棚に視線を向けて、違和感の正体に気が付いた。すぐにぐるりと室内を見渡し、次々と違和感の正体を見つけていく。
元々少ないから、あまり気にしていなかった。そして気付くのにも時間がかかった。

――私の部屋から、青色が消えている。

宮棚に置いていた、海底を模したデザインのカード。壁に貼り付けていた鳥のシール。可愛いからと本棚に飾っていた青の小瓶。青色の背表紙を持つ漫画や小説は……本棚の後ろの方へと、押し込まれている。
見てみれば、どこに行ったのか青系統の食器類も消えていた。

「佐助……」

呆れ混じりの声が漏れる。
"片付ける"にも、限度ってものがあるだろう。

そして、青の消えた室内に、考えた。

……普通じゃない。
佐助が青色を嫌っているのかもしれない。それは理解は出来る。だけど、私の部屋から青色を排除する理由は、理解できなかった。
私だって特別青が好きなわけじゃない。だけど、こうまでする必要は無いんじゃないか。


ぴんぽーん、という機械音と同時に、玄関扉の向こうからがさりと物の擦れる音がする。
鍵を開ければ、ドアが開いた。「ただいま」、微笑まれる。

文句を言おうとして――、口を開いた。

「――おかえり、佐助」


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