全てが終わり、一人きりの自宅へと帰ってきた私は、雪崩れるようにベッドに倒れ込んだ。
ようやく落ち着ける、と深呼吸をすれば、慣れない匂いが鼻をつく。身体を起こし、自分のベッドを見下げた。

そこには確かに、佐助の匂いが残っていた。


 *


姉が幸村さんと結婚をしたところで、家を出ている私にはさして影響も無く。変わり映えのしない生活を淡々と続ける。
満面の笑みでもって店長に迎えられたウン連勤のバイトでは死にかけもしたが、それもやっぱり日常の一部だ。繁忙期と比べればなんてことはない。

実家と連絡をとる必要もなく、佐助さんが私の前に現れることもなく。
五〜六月の出来事は実は夢だったんじゃなかろうか、とバイト先の更衣室で着替えながら少しばかり考えた。
スマホにだって彼らの連絡先が入っているわけじゃない。夢だと思おうとすれば、それはとても簡単だった。……と、そこではたと思い出す。

「私、伊達さんにもらった名刺、どこやったっけ」

記憶を手繰り寄せるが、名刺をバッグの中にしまったところまでしか思い出せない。
ほんの僅か、もったいないことをしたなと肩を下げはしたが、結局はそれだけだった。
政宗と関わりを持つ利点はあるだろう。彼が連れてってくれるかもしれないラーメン店ならば、きっととても美味しいだろうから。……でも、関わらないことでなんらかの損失は無いのだ。それが今までだったのだから。

「春佳さーん、そろそろ時間っすよー」
「はーい」

更衣室を出て、タイムカードを押し、キッチンへと入る。今日はホールに出られる子が少ないから春佳ちゃんにも出てもらうかもしれないと店長に告げられ、うげえと顔を顰めた。
後ろでさっき私を呼んでくれた後輩が、私のそんな表情を見てけらけらと笑っていた。


今日のバイトはそこまで忙しいわけでもない、が。やっぱりキッチンよりホールに手が回らないことが度々ある。
その度に私はエプロンを付け替えてホールへと出向くものだから、キッチンとホールを繋ぐ扉の傍には私のエプロンが乱雑に投げられ続けていた。
しかも、よりにもよってレジをすることが出来る子が、今日のバイトには入っていない。まだ研修中バッジをつけている子たちに一人でレジを任せるのは些か不安で、お客さんが会計で立ち上がる度にまた私はエプロンを投げ飛ばすことになるのだった。

「すみませーん、レジお願いします!」
「はーい!」

後輩の声が聞こえ、別の後輩にテーブルの片付けを任せてからレジへと向かう。いつも通りの応対でちゃっちゃかと会計を終え、「ありがとうございましたあ」とお客さんを見送った。
店を出て行くお客さんと入れ替わるようにして、お洒落に見える男性が二人、来店してくる。どちらもそれなりに背が高く、片方の男性に至っては銀髪のようだったので思わず左足が一歩引いた。

視線が合って、右足も後退した。

「!?……おま、春佳!何で連絡してこねえんだ!?」
「うぉっ、おう、すみません、伊達さん」

それは見紛うはずもなく、伊達さんと……そして、長曾我部元親さんであった。
私は思うのである。お前ら仲良いのか、と。

「何だァ?知り合いなのか?」
「この俺がmail addressを教えてやったのにも関わらず連絡のいっこも寄越してこなかった女だよ」
「伊達お前それ、フラレてんじゃねーか」

げらげらとレジの前で腹を抱える元親さんに、レジが置かれている台に両手をついて私を睨み付ける伊達さん。
店内のお客さんや店員たちがざわざわとそんな状況を窺ってくることに気が付き、胸の内だけで溜息を吐いた。一応営業中であるので、笑顔だけは絶やさないよう努めたが。

「ごめんなさい、伊達さん。名刺は無くしてしまったみたいで。別段用事があるわけじゃ無いようでしたし、まあいいかなあ、と」
「Dinnerに誘ったろうが」
「あー、……ラーメンならいつでもご一緒しますよ」

とりあえずこの出逢いは偶然だったらしい。
電車で十分もかからない距離に住んでいるのだから、生活圏は近くもなるだろう。

ようやく笑いが収まったらしい元親さんに、「アンタ、バイトは何時までだ?」と常套句のようなものを投げかけられて、少し笑う。
「今日は五時までですが」と返せば、伊達さんは腕時計に、元親さんは店内の壁掛け時計に視線を向けた。五時まではあと一時間ちょっと、といったところだ。

「じゃあ此処で待たせてもらう。今日会ったのも何かの縁だ、dinnerに、」
「伊達から話聞いて俺も気になってたんだよ、飲みにでも行こうぜ!なんなら家康や毛利も誘うしなァ!」
「おい遮るんじゃねぇよ」

家康はともかく毛利は誘っても来ないだろと心の隅で考えつつ、まあ悪い話ではないので頷いておいた。一時間強も店内にいるのなら、ドリンク以外も注文してくれるだろう。
二人を喫煙席に案内して、おすすめのデザートやおつまみなんかも伝えてからキッチンに戻る。
そろそろ忙しさもゆるまっていくだろう。キッチン用のエプロンに着替えて、夜の仕込みを始めた。


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