姉である上月絢佳と、真田幸村さんの結婚式は概ねつつがなく終わった。 真田家主催であるゆえか、それは数年前に見たものとは比べものにならないくらい豪勢なものだったが。姉も緊張しているのが見て取れてちょっとだけ面白かった。まあまず神前式な時点で、ねえ。 そんなこんなで今は披露宴の最中である。式場からすぐのホテルで、立食パーティー形式のものだった。 かたっくるしい結婚式の際は親族のみだった参加者も、披露宴では新郎新婦両名の知人友人などがたくさんやって来ている。そのほとんどが真田家絡みの人間なのだけど。 形式的な事は全て終え、今は全体的にゆるい雰囲気となっている。参加者にとっても一種の社交の場なんだろう、所々で名刺を交換している姿が見える。 すっかり壁の花となっていた私は、多くの人に囲まれている姉と幸村さんをぼんやりと眺めていた。 あとで私も挨拶に行くべきだろう。それくらいは分かっているが、なんとも足が動かない。肩をすくめて姉さん達から視線を逸らした瞬間、目の前に名刺が差し出された。 ――伊達政宗。 「……っ!?」 ばっと顔を上げる。焦げ茶色の髪に眼帯をつけた、やたらとスーツの似合う青年が私の目の前に立っていた。 驚きすぎて声の出ない私に、「受け取らねぇのか?」と名刺を押しつけるようにして渡してくる。感嘆符と疑問符が乱舞する脳内のまま、おっかなびっくりとしつつそれを受け取った。 「アンタ、真田幸村のsisterになる女だろ?」 「え、あ、はい」 「挨拶に行かなくていいのか?」 「いや、……もうちょっと落ち着いてからに、しようと」 「Hmmm……」 何で伊達、さんが、私に名刺を渡してくるんだろう。というか本当に、この人もまんまだ。無礼だとは自覚していたが、ついまじまじと見つめてしまう。 私の視線に気が付いた伊達さんはニッと笑うと、イヤリングのついた私の耳元を撫でた。驚きはしたものの震えることはなく、その手へ視線を向ける。 「名前は?」 「……上月春佳です」 「春佳、か。……春佳、今の俺を見て、どう思う?」 「は……、」 なんなんだこの人。思わずアホ面を晒してしまう。 佐助といい政宗といい、妙に答えづらい質問ばっかりをしてくる。「兄と思ってくだされ!」くらいしか言わなかった幸村さんを見習って欲しい。 「どうも何も……何がしたいのかよくわからない人だなあとしか思いませんけど」 「Ha!俺が何をしたいか、か……そうだな」 伊達さんは私の耳元に、唇を近付けてきた。瞬間、ぴりっとした空気が肌を突き刺す。 「アンタに興味がある。俺は春佳のことを知りてえ」 その言葉をやや聞き流しながら、視線を彷徨わせた。ぴりぴりとする感じは未だに消えない。 強烈な視線を感じて、そこへ目を向ける。能面のような顔でこっちをじっと見つめている佐助さんの姿が、そこにはあった。 「……政宗様、お遊びが過ぎますぞ」 「そう言うなよ小十郎、せっかくのpartyだ。楽しまなきゃ損だろ?なぁ、春佳」 「はあ、」 伊達さんの背後から現れた片倉さんもまんまで、軽く目をしばたかせる。さすがに片倉さんをじろじろ見つめる勇気はなかったので、ようやく離れてくれた伊達さんを見上げた。 佐助さんからのぴりぴりとした空気は、まだ消えてない。 「伊達さんって、佐助さんと仲悪かったですっけ」 佐助のいる方向を横目で見ながら、問いかける。 伊達さんは一瞬きょとんとして、口元に弧を描いた。 「そうだな、アイツとは合わねえ」 「ですよねー」 だから佐助さんはあんなにも機嫌が悪そうなのだろう。真田家と関係のある人間に、伊達さんが近付くのを嫌がっている風に思える。まあそう考えると幸村の存在からしてもうアウトなのだが。 まあ私に関係無いならいいや、と佐助さんから目を逸らした。 ついでとばかりにさっき受け取った名刺に目を落とす。会社名はそこそこに聞き覚えのあるもので、なるほどこいつも金持ちか、と胸の内で納得。なんとはなしにぴらと名刺を裏返せば、そこには携帯のものと思われるメールアドレスと電話番号が走り書きされていた。 疑問符を浮かべ、伊達さんへと顔を上げる。にんまりしていた。悪巧みの顔だなとは、なんとなく察することができた。 「春佳は今、どこに住んでんだ?」 「は?……えーと、」 暫し言い淀んでから、今住んでいるところの県名を口にする。すると偶然にも伊達さんが住んでいるのも同じ場所だったらしく、目を丸くした。詳しく話してみれば、電車で十分とかからない距離である。 そ、そんな近所にバサラキャラ住んでたのか……日本は狭いな……。 「おっと、そろそろ限界か。春佳、いつでも連絡しろよ。今度二人っきりでdinnerにでも行こうぜ」 「ディナー、」 「ああ。Frenchでも和食でも、なんならラーメンでもな」 そう告げて、伊達さんは私の手の甲に軽く口付けてから去っていった。キザな人である。 伊達さんと入れ替わるようにして私の所にきたのは佐助さんで、伊達さんの言ってた「限界」とはこのことかと察する。 「何話してたの?」と存外悪く無さそうな機嫌で問われたので、名刺をしまってから「ナンパされてた」と空笑った。 * 「政宗様、あのようにして一般人に近付くのはどうかと思いますが……そのつもりになってしまったらどうするのです」 「No problem,小十郎。お前は気にしすぎだ」 小十郎はちらと、壁にもたれて佐助と会話する春佳を見やる。 どこからどう見ても普通の、一般的な、どこにでもいる女だ。それが政宗に声をかけられ、連絡先まで教えてもらった。名刺を見たのだから政宗がそれなりに金を持っていることも理解し得るだろう。 そうすると、一般的な女が取り得る行動は簡単に予測できた。政宗に近付き、その金と政宗の外見だけを目当てに、全てを搾り取ろうとする。もしくはおこぼれに与ろうとする。 それを小十郎は良しとしなかった。が、政宗は問題ないと言う。 「小十郎、見たか?春佳の表情」 「表情……?見ておりませぬが」 「あいつ、俺と話している間ずっと、めんどくさそうにしてたんだよ。本当にわけわかんねえってツラでな」 言われてみれば、と小十郎も春佳の表情を思い出す。 政宗の存在を訝るような視線。政宗に触れられた瞬間も、気にも留めていなかった。 そして続くように思い出される、春佳の言葉。――「伊達さんって、佐助さんと仲悪かったですっけ」と、春佳は言っていた。まるでそうなのだと、"あらかじめ知っていた"かのように。 「政宗様、彼女は……」 「ああ、多分知ってんだろ。俺達が生まれ変わってきた事を。そしてそれを、特に何の違和感もなく信じている」 面白ぇ女だ、と政宗は口角を上げる。 しかし小十郎にとっては、結局その程度でしか無い女だった。己達の過去を知り得るのなら、勝手に期待し、勝手に幻滅する可能性もある。 しかし、「それにな」と政宗が言葉を続けた。吹き出すのを耐えているような、表情で。 「金目当てだとか、そういうのを心配してんなら必要無い」 「……何故、そうお思いに?」 「あいつ、俺がdinnerに誘ったときは大して反応しなかった癖に、ラーメンっつった瞬間に目を輝かせたからだよ。有り得るか?ラーメンだぜ?」 そうして耐えきれなくなって、結局政宗は吹き出してしまう。 そんな己の主の姿を見、小十郎も小さく息を吐いた。春佳の方へと視線を向けてみる。 まるで威嚇をするように、佐助が政宗と小十郎を睨めつけていた。 ← → 戻 |