夜にもなると、雨はほとんど台風みたいになっていた。雨粒と風が窓を殴るように鳴らしている。
昨日のように俺より先にお風呂へ入っていった春佳ちゃんは、そんな雨風に若干怯えつつも、慣れたように肩をすくめていた。もしかするとこういった状況は苦手なのかもしれないが、一人暮らしをする過程で慣れざるを得なかったのかもしれない。

どんっ、と一際大きい風が窓を殴りつける。そこそこに近い距離で雷が激しく鳴ったのを顰めっ面で眺めて、……次の瞬間、電気が消えた。
ああ停電か、と一瞬で真暗闇になった室内で、さっきから食べていたクッキーを再びかじる。その内戻るだろうと慌てはしなかったが、浴室にいる春佳ちゃんのことは少しだけ心配になった。シャワーの音は聞こえ続けている。
様子を見に行くことも考えはしたけれど、さすがにああ言っていたとは言え、まだ出会って数日程度の男に全裸を見られたくもないだろう。俺的には全然問題無いのだけど。

「――っわ、だっ…!」

がしゃ、どたん!と浴室から大きな音が響いてくる。シャワー音は途切れることなく続いていて、微かに聞こえた声を皮切りに、春佳ちゃんの声が聞こえなくなった。
さっと顔が青ざめて、立ち上がり浴室へと走る。洗面所の鍵も浴室の鍵もかけられていなかったので断ることもせず開き、春佳ちゃんの名前を呼んだ。
とっくに暗闇に慣れている目には、尻餅をついて全身を震わせながら、シャワーに濡らされている春佳ちゃんの姿が映った。

「さ、……すけ、」
「転けちゃったの?大丈夫?」

力ない視線が俺の方へと向けられ、なんとなくの違和感を覚えた。そしてすぐに、気が付く。お湯で濡れているんじゃない、春佳ちゃんの瞳。

「なんで、でんき」

舌っ足らずな言葉も、身体も、全てが震えていて、時折鼻をすする音が聞こえた。
シャワーで濡れてしまうことも気にせずに、膝をついて春佳ちゃんの身体を抱きしめる。
大丈夫、大丈夫だよと背中を撫でてやれば、春佳ちゃんは俺に縋るようにして、服の胸元を握りしめた。

「さっき雷が落ちたんだ。それで停電したんだと思う。すぐに戻るよ」
「そ、っか、ごめん、佐助。わたし、狭くて暗いとこ、だめで」
「うん、俺様こそごめんね。すぐに来てあげなくて。転けたんでしょ、大丈夫?どこか打った?」
「だいじょぶ、腰、ちょっとぶつけただけ」

早鐘を打っていた春佳ちゃんの心音が、次第に落ち着いてくる。
服を握り締めて俺の胸元に顔を埋める春佳ちゃんに、今抱くべきではない欲求が鎌首を擡げたのは感じたけれど、それには気が付かない振りをした。

暫く抱きしめたままの体勢でシャワーに打たれていれば、ぱちぱちと何度か明滅して、電気がつく。それに気が付いた春佳ちゃんはすうと深呼吸をして、肩の力を抜いた。

「……ごめん、佐助さん。服、濡れちゃった」
「いーのいーの。それより、もう大丈夫?」

やっぱり、無言で頷く。そうして俺の身体から離れていく体温に、心の隅っこでもったいないなあと考えた。
一糸纏わぬ姿であるはずなのに、春佳ちゃんは俺の視線を気にすることもなくゆっくりと立ち上がる。本当に、本心から気にしていないんだろう。それが少しだけむかついた。

「あと顔洗うだけですから、すぐあがります。ちょっとだけ待っててください」

さっきとは打って変わって、平然としている。
妙につまんない気持ちになって唇を尖らせれば、意味わかんないとでもいう風に春佳ちゃんは首を傾げた。

「身体冷えちゃったし、俺様も今お風呂入ろうかなー」

わざとらしく身体を震わせながら言えば、シャワーを止めた春佳ちゃんが俺を見上げる。
……この子は本当に、今の状況をちゃんとわかっているんだろうか。

「はあ、じゃあとりあえず服脱いだらどうですか。余計冷えますよ」
「春佳ちゃんさあ……」
「……?」

思わず頭を抱える。こんな調子で、よく四〜五年も彼氏を作らずにいられたもんだ。……いや、彼氏がいないってだけで、その間に男と何もなかったとは言ってない。誰を相手にしても春佳ちゃんがこの調子であったなら、男は誰でも勘違いをするだろう。
こんなの、襲ってもいいですよと言われているようなもんだ。

俺に背を向けた春佳ちゃんを見下ろし、ため息を吐く。
ふと、その背中に火傷の痕が見えて、一瞬だけ呼吸が止まった。

「佐助さん、出るのか入るのか、どっちかにしてほしいんですけど」
「え、あ、ああ……ごめん」

つい、浴室を後にしてしまう。春佳ちゃんは俺の行動を気にも留めずに、再びシャワーを流し始めた。

あの火傷。結構大きかったけど、一体どこで出来た痕なんだろう。随分と古い傷跡には見えたけれど。


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