翌朝。存外熟睡していたらしい己にやや驚きつつ、薄らと目を開けた。
外からは静かな雨音が聞こえてくる。どうやら、雨が降っているらしい。

薄暗い室内に数度目をしばたかせ、胸元にいたはずの春佳ちゃんがいないことに気が付いた。けれど体温は触れている。布団をめくり、視線をずらせば、彼女はなぜか俺の腹部に顔を埋めるようにして眠っていた。
胎児のように身体を丸め、俺の足に足を絡ませている。完全に布団の中に潜り込んでしまっていたけれど、暑くはなかったのだろうか。そんなことを考えつつ、春佳ちゃんの身体をずらし、頭を自分の腕に乗せた。……起きない。

横を向き、身体を丸め、胎児のように眠る人は、内面がとても弱いタイプらしい。表面的には強く見えても、内に籠もり、自身を守ろうと気を張り続けている。

なるほどな、と春佳ちゃんの頬にかかった髪の毛を払いのける。顔を顰めて、わずかに身を捩った。
春佳ちゃんから目を逸らし、枕元に置いてあった春佳ちゃんのスマホを手に取る。時間だけを確認すれば、まだ朝の六時だった。
せっかくの休みだ、もう少し寝てしまってもいいだろう。春佳ちゃんも、起きる気配無いし。

動物がじゃれるようにして、春佳ちゃんの額に口付けを落とす。
やっぱり春佳ちゃんは顔を顰めて、「やぁー」だなんて小さな子供のような声を漏らした。

「かーわいい」

俺より随分と小さな身体を抱き竦めて、瞼をおろす。
暫くもぞもぞと身を捩っていた春佳ちゃんも、姿勢が落ち着いたのか俺の胸元に頬を擦り寄せ、また規則的な呼吸を始めた。

……本当に、可愛い。


 *


「春佳ちゃん、春佳ちゃん。もう十一時だよ」

さすがに寝過ぎてしまったと、目を覚まして軽く頭を掻く。
外からは朝方よりずっと強い雨音が響いていて、こりゃ夜にはもっと強くなるだろうなあと鼻をひくつかせた。室内にいても雨のにおいが強い。

数回揺さぶっても春佳ちゃんが目を覚ます気配はなく、鬱陶しそうに身を捩るばかりである。邪魔だとでも言うように肩を揺さぶる手を払いのけられて、若干、かちんときた。
せっかく、優しく起こしてあげようとしたのに。

「春佳ちゃん、起きないとちゅーするよー」
「んん…やーぁー……」
「……子供か……」

呆れ混じりの溜息を吐いて、上半身を起こそうとする。と、春佳ちゃんは俺の服を引っ張って、それを阻止してきた。相変わらず「やぁー…」と唸っている。
……この子、二十三歳だったよね?にしては寝起きが子供すぎやしないだろうか。
可愛いとは確かに思う。思うけれど、少しばかり不安になる。

「こんなの、据え膳もいいとこでしょ……」

春佳ちゃんが着ているTシャツは胸元がゆるく、それなりに胸が大きめだから谷間がよく見える。普段はどうか知らないけれど今はブラもつけているから、余計にくっきりとした影が俺の視界に映って、頭を抱えた。
そんな格好の女の子が、まるで自分から離れたくないとでも言うかのように、擦り寄ってくる。とか……、ねえ?
別に欲求不満なわけじゃない。そんながっつくような年でも無いし、自制がきく自信はある。
けど、これはさすがにきっついと思う。寝起きの自然な現象として、息子はそれなりにやる気があるみたいだし。

「春佳ちゃん、ほんとに起きないと、襲っちゃうよ」
「んんー……」

唸り声をあげて首を振られる。それすらも可愛いと思う。
手の位置をずらして、春佳ちゃんのTシャツの裾に指先を滑り込ませた。やや柔らかな腹の肉を撫でて、少しずつ上を目指す。
脇腹に触れた辺りで春佳ちゃんの身体がびくりと大仰に跳ね、丸く見開かれた目が俺を、呆然と見つめていた。

この顔は、初めて見たなあ。

「い゙、…え……何で佐助、」

そこまで呟いて、口を噤む。どうやら寝起きで記憶が混乱しているらしい。
なんとなく、ノリで脇腹を撫でさする。やっぱり大袈裟にその身体は跳ねた。

「……ふうん、脇腹、弱いんだ」
「あー……ああ、うん、大体把握した……」

俺様の言葉を聞いてんだか聞いてないんだか、春佳ちゃんは独りごちる。その声がさっきの子供のような声と比べて随分と低くて、なんだか少し笑えた。
低血圧なのか不機嫌そうに眉を顰め、首をぐるりと回し、Tシャツの中に潜り込んだ俺の腕に手を重ねる。
やんわりと押すようにして拒まれたので、とりあえずは大人しく出ていってあげた。

「佐助、…あー……さんも、朝勃ちとかするんすね……」
「あれ、よくわかったね?」
「当たってる」

言っても半勃ち程度だけど、当たっていれば多少はわかるだろう。それを照れもせずに口にするのは、女の子としてどうかと思うが。

「ん゙ん……」とやっぱりさっきより低い唸り声を上げて、春佳ちゃんが上半身を起こす。そのまま壁に肩をもたれさせて、睨むようにして俺を見下ろした。
多分だけど、機嫌が悪いわけじゃない、と思う。目のとろりとした感じからして、きっとまだ眠いんだろう。

「眠れなかった?」

問いかければ、数瞬の迷いの後、頷く。
この子は言葉を発さずに頷くことが多いなと、なんとなく考えた。

「人の気配あると眠れないタイプ?」

また、無言で頷く。片膝を立ててそこに額をのっけるのを眺めながら、俺も身体を起こして春佳ちゃんの頭を撫でた。
ゆるく頭を振られる。それでも、撫でる手を離そうとはしない。

「もしかしたら春佳ちゃんも、前世は忍だったりして」
「無いわ……」


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