そこまで問題が無いとは言え佐助と二人っきりで何日も過ごすのは嫌だったので、明日帰る事にしようと決める。髪をドライヤーで乾かしながら。
別段用事も無いのだし問題ないだろう。……というか佐助さんはわざわざ私のドレスをこっちに持ってくる必要は無かったんじゃなかろうか。早く見せたかったのかな。

なんとなくドレスを箱から取り出して、眺めてみる。箱に入っている時は漠然とミニドレスだと思っていたけれど、実際は膝下丈のようだった。
胸元はやや緩めだけれど、袖のあるふんわりとしたデザイン。レースが所々にあしらわれていて、オレンジと赤の中間色のような色合いだ。胸下で絞ってあるデザインなのが個人的にはポイント高い。
誰が選んだかは知らないけどセンス良いな。姉さんだろうか。

「それ、気に入った?」
「おおうびっくりした。……びっくりした!」

可愛いですよね〜なんて続けようとした言葉が引っ込んでいく。佐助は下にジャージを履いてはいたけれど、何故か上裸で肩にバスタオルをかけた状態で、ベッドに腰掛ける私を見下げていた。
バスタオルの端で髪を拭きながら「そんな驚かなくても」と笑っている。いや笑ってる場合じゃねーよ上も着ろよ。

「バスタオル巻いただけの状態で出てきた春佳ちゃんよかマシだと思うけど」
「あれは下着とか持ってくの忘れてたんだからしゃーないじゃないですか」
「俺様も暑かったから仕方ないの」

それくらい我慢すればいいのに。
ただまあ別にびっくりしたってだけで、男の上裸程度で照れるほど初でも無い。結局そのままの格好で私の前に座り込んだ佐助さんにドライヤーを渡し、私はベッドの上に足を伸ばして壁にもたれた。
ドライヤーの音をぼうっと聞きながら、佐助さんの背中を眺める。暫く経っておおかた乾いたのか、ドライヤーの音が止んだ。首をごきりと鳴らして佐助さんは伸びをする。

「……そういうとこはおっさんみたい」
「エッ傷付く!」

相手が私だからかもしれないが、女の子の事を気にもせず我が家のように過ごす佐助にはそうとしか思えない。
「俺様まだ若いでしょ!ほら!この身体!」って近寄ってくる必死さもなんかおっさんっぽい。確かにイイ身体してるけども。眼福ですけども。

「つーかこの姿勢は割とアウトです」

私の足を跨いで、壁に片手をつく佐助さん。顔の距離も割と近い。
さすがにこの距離まできて相手が佐助ともなると、目のやり場に困る。
必死こいてた佐助さんもはたと動きを止めて、現状を理解したようだった。どんだけおっさん発言に必死になってんだ。そこら辺アラサーともなると男でもデリケートな話題なんだろうか。

「春佳ちゃん、照れてんの?」
「照れてるっていうか目のやり場に困ります」
「何だかんだ言って俺様のこと意識してんじゃ〜ん」

股間蹴り上げてやろうかこいつ。それとも乳首ガン見してやればいいんだろうか。さすがにそこまで女捨てはしないけど。
……。なあんかこの遊ばれてる感じ、不愉快だなあ。ゲーム時の印象も相俟ってついつい佐助の癖に、と思ってしまう。難易度普通で遊んでた時、佐助がバサラ技一発で死んでった事を私は忘れていないからな。

「意識、なんか……してない、です」

意図して、次第にか細い声になっていくように呟く。佐助さんから顔を背けて、腕で目元を隠すようにして。
目の前の佐助さんからは息を呑む音がして、「……まじ?」と期待を孕んだような声がした。

なんつーかこの人、溜まってんだろうか。欲求不満なのかな。
まあ姉さんと幸村さんが結婚するとなったら色々準備で忙しいだろうし、女の子と遊ぶような時間もとれなかったのかもしれない。かといって主の嫁の妹に手を出そうとするのはどうかと思うが。

佐助の手が、私のTシャツの裾にかかる。そのまま胸にいくかと思えば下腹をさすられて思わずびくりとした。それが余計なリアルさを生んでしまったのか、佐助さんはもう一度喉を鳴らす。
下腹を撫でる手と反対の手が私の腕を退かして、そして、佐助さんは硬直した。
私が満面の笑みだったからである。

「さすがにそこまで尻軽じゃないですよ?」
「…………春佳ちゃん、タチ悪ぅ〜……」

下腹を撫でていた手が離れて、佐助さんが私から距離を取る。ここであっさり止められる辺りが佐助だよなあとちょっぴり笑って、佐助の足の間から自分の足を抜き、ベッドを降りた。

「私そろそろ寝ますよ」
「俺様ちょーっとだけ怒ってんだけど」
「それはどうもスミマセンデシタ」

完全に棒読みで返し、歯磨きをしに洗面所へ向かう。歯ブラシ置き場に見覚えのない歯ブラシが置かれていたから、多分佐助さんはお風呂のついでに磨いた後なんだろう。
部屋の方からはまだぶーたれている声が聞こえてくる。

歯磨きとついでにトイレを終えて、ベッドに上がる。
部屋のど真ん中に置いていたテーブルは壁に立て掛けられていて、変わりに来客用の布団が敷かれていた。佐助さんはその上にあぐらをかいて、未だ私を睨めつけている。存外ねちっこい男である。

「電気消しますよー」
「はいはい」
「んじゃ、おやすみなさい」

ベッドに入り、横になって電気を消す。なんとなく上を向いたままだと寝づらかったので壁に身体を向けて、目を閉じた。
他人がいると熟睡できないんだよなあ、きっと寝付きも悪いだろうと考えながら布団の中でため息を吐く。佐助さんも眠りは浅い方っぽいからいっそ二人とも寝ずにゲームでもしてた方がよかったかもしれない。
そんなことを考えていれば、後ろからもぞもぞと何かが動く気配。そしてぎしりとベッドが軋んで、一瞬の寒気のあと私の背中を人の体温が包んだ。

「……何してんすか」
「さっきの仕返し」

考えるまでもなく分かる。佐助さんが私のベッドに入ってきたんだ。
それなりに大きいとは言えシングルベッド。私と佐助の二人が寝ころんだら一気に狭くなる。恋人同士のように後ろから抱きしめられて、さっき撫でられた下腹部に手を置かれれば妙にぞくりとした。距離も近いことだし、きっとそれは佐助さんにも伝わってしまっただろう。
背後からは楽しそうに笑っている気配がする。タチ悪いのはどっちだ。

「来客用の布団出した意味……」
「まあいーじゃん?俺様、何か抱いて寝た方が寝やすいんだよねー」
「枕とか抱えて寝る人って寂しがり屋らしいですよ」
「じゃあ春佳ちゃんがその寂しさを埋めて?」
「ははっ」

ウケる。

佐助さんの体温は存外気持ち良く、次第にうとうととしてきた。誰かと一緒に眠るなんて何年ぶりだろうか。
この状況は不本意だけど、まあめちゃくちゃ嫌ってわけでもない。

「ねえ春佳ちゃん、寝ちゃった?」

問いかけられるが、答えるのが面倒なので無視しておく。とっくに瞼もおろしていたので、佐助さんは私が寝たのだと判断したようだった。
そのまま暫く沈黙が落ち、外から時折車の音が聞こえてくるのみとなる。

「……春佳ちゃん、」

ぎゅうと一際強く抱きしめられて、息が漏れ出る。そして口端に温かいものが触れて、すぐに離れた。
……叫びたい気持ちを必死に抑え、今何が起きたのかを必死に整理する。五分か十分かが経てば、眠気もどこかに吹っ飛んでいってしまった。背後からは、規則正しい寝息が聞こえてくるというのに。

瞼を押し開けば、暗闇に慣れた視界に佐助の腕が映る。腕枕してたら腕攣るぞ、と頭の位置をずらした。
いや、そうじゃなくて。佐助の腕を案じてる場合じゃなくて。


な、何でキスしてきたんだ、この人。


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