それから結婚式までは、あっという間で。もう三日後に迫っていた。明後日には佐助さんが迎えに来てくれる予定だ。
バイトは今日から入ってない。結婚式が終わって、またこっちに帰ってきたら待っているのは恐怖のウン連勤だ。死ぬかもしれない。「結婚式なら仕方ないねー」と店長はあっさり休みを出してくれたが、その対価はしっかりと取るのだから侮れない人だと思う。当然だけど。

まだ今日を入れて三日あるけど、ぼちぼち準備しとくか。そう思って部屋の隅にキャリーを広げたとき、ぴんぽーん、とインターフォンが鳴った。
特に友人と約束もしてないし、荷物が届く予定も無い。誰だろう、と付属のカメラを覗き込む。

……佐助さんが、映っていた。

「は……?」
存外、落ち着いた声が出た。

いやでも、何で佐助がここに。今日からバイトを入れてない旨は確かに母に伝えはしたけれど、迎えは明後日で良いと言ったはずだ。
佐助さんの手には、割と大きな箱が二つと、荷物が入っているらしい鞄。
カメラの前で、ひらひらと手を振っている。その笑顔が妙にわざとらしくて、喉元が引きつった。

とりあえず、通話ボタンを押す。

『良かった、春佳ちゃんいなかったらどうしようかと思った』
「何でここにいるんですか」
『俺様の予定が空いたから、早めに来ちゃった!』

来ちゃった!じゃねーよと心の中で悪態をつく。てへぺろ、みたいな顔をすれば何でも許されると思わないでいただきたい。

『とりあえず入れてくんない?もう荷物が重くってさー』
「……はあ、」

しゃあない、ロック解除ボタンを押す。カメラ映像が途切れる寸前、佐助さんはまた笑顔で手を振って、開いた自動ドアをくぐっていった。

佐助さんの予定が空いたからって、アポもなしにいきなり来るか?普通。
それなりに常識的な人間だと思っていたけれど、意外とぶっ飛んだことをする人だ。こっちの予定も考えて欲しい。ノーメイクだぞ私。

暫く経って、またぴんぽーんと音がする。深すぎる溜息をついて、玄関を開けた。

「久しぶりー、春佳ちゃん」
「……どうも」

お邪魔するねーとさっさか部屋に入られて、とんだ悪質訪問だと肩をすくめるしかない。
若干散らかっている室内に、「ちゃんと片付けなきゃだめだよ」なんて小言を言ってくる佐助さんは、まるで押しかけ女房のようだ。どうしようその内洗濯物とか畳み始めたら。

「そうだ、これ結婚式用のドレス。用意してないでしょ?」
「、ああ……すっかり忘れてた。わざわざすみません」

渡された二つの箱は、私用の物だったらしい。母さんにでも頼まれたんだろうか。
片方にはパーティードレス、片方にはパンプスが入っていた。色合いは赤というかオレンジというかで、パッと見でも可愛いものだとわかる。……これ私に似合うか?

もう一つ残った荷物を適当な場所に置いて、佐助さんは部屋をぐるりと見渡す。
室内用の物干し竿に干したまんまの洗濯物、まだ洗ってない食器類、あちこちに散らばる書類やら本やら。廊下に置きっぱなしのゴミ袋。
そうして、呆れ混じりの笑みを浮かべた。

「美野里さんから聞いてはいたけど、これでよく一人暮らし出来てたねえ」
「人が来るってわかってたらもうちょい片付けてましたよ」
「それでも洗濯物は乾いたらすぐしまいなよ。食器も」
「……」

あんたはお母さんか。その言葉を必死に飲み込む。
間違った事は言ってないのだけど、何でそれを佐助さんに言われなきゃなんないんだろうか。そしてこの人はなんで「よーしやるぞー」みたいなノリで腕まくりをしてんだろうか。
ちょっおい、人のクローゼット勝手に漁るな。エプロン取り出すな。「おっいいねえ、オレンジのエプロン」じゃねーよ。

「佐助さん何しに来たんですか!?」
「え、片付け?」
「なぜ!」
「美野里さんにお願いされたから」
「母さんこのやろう!!」

手近にあったクッションを床に向かって投げつけた。


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