待ちに待ったお昼休憩。いつも通り石田君と空き教室に二人座って、私は今朝方受け取った手提げ袋を机の上に置く。
花柄の包みの中には、箸箱とお揃いの綺麗なお弁当箱。傷を付けないようそっと蓋を開けてみれば、そこには親しみのあるおかずが並んでいた。二段になっていて、上段がおかず、下段がご飯のようだ。

ちょっぴり焦げた卵焼き。大根の煮物とほうれん草のお浸し。にんじんを炒めたもの。一緒くたに置いちゃってるから味が移ってしまっていそうだけれど、お弁当作りなんて慣れてないだろう石田君がここまで用意してくれたのかと思うと、胸がほわっと温かくなった。
「いただきます」と手を合わせて、卵焼きから口に含む。ちょっぴり塩辛いそれが、今まで食べた卵焼きの中で、一番美味しかった。

「美味しい」
「ほ、んとう……ですか……?」
「勿論!とっても美味しいよ」

大根も、ほうれん草も、にんじんも、ご飯も、全部おいしくてぺろりと平らげてしまった。
単純に味だけで考えるなら、それは確かに拙いものだったかもしれない。けれど、指先に絆創膏を貼ってまで石田君が頑張って作ってくれたお弁当に、そんなことを言うのは野暮ってものだ。
私はこのお弁当より美味しい物を、他に知らない。

「本当にありがとう、石田君。とても美味しかった」
「、いえ……みこと様が喜んでくださったのならば、私は、それで……」

今にも泣き出しそうな石田君の手が、わずかに震えている。

私はその震えに、見覚えがあった。……いや、見たことはこの数日間で幾度もあるんだけど。もっと、ずっと前。気の遠くなるくらい前に……どこかで。

「いつも、そうやって手を震わせながら、私に触れてたよね」

自然、口から言葉が漏れた。
石田君の両目が見開かれる。夢うつつのような、幻を見ているような視線で、私を見つめている。その両目から静かに涙がこぼれた時、また頭の中で声がした。

相変わらず泣き虫ね、三成は。

それは確かに私の声で、でも私が出す声音よりずっとはっきりとした、静かな声だった。
まるでその声が聞こえたかのように、石田君は唇を引き結び、涙を拭う。そうしてゆっくりと、祈るように呟いた。

「……みこと、様」

直感的に、今呼ばれたのは私じゃないと、そう思った。
だから無言で、視線を泳がせる。どう言えばいいのか、どんな態度をとればいいのか、わからなかった。
石田君が求めているのは、石田君の言う過去の中にいる、私だ。それは今の私じゃない。
なんだかとても、それは哀しいことのように思えた。

「みこと様、何故、泣いていらっしゃるのですか」
「え、……わ、っあ、いや」

言われて初めて、自分が泣いていることに気付く。
空き教室の中で男女が、二人して泣き顔をしているなんて、おかしいにも程がある。何でだろ、と取り繕うように笑って、ティッシュで涙を拭った。涙は思いの外すぐに止まってくれて、ほっとする。

最後のひとつぶが瞳から溢れそうになった時、石田君の手が、触れた。

「っー……!」
「も、申し訳ありません!」
「や……、え、っと」

震えて、なかった。今の、石田君の手。
胸の内で喜んでいるのが、本当に自分なのかがわからない。わからないけれど、普通に、私に触れてくれたのが嬉しかった。本当に、とても嬉しかった。

「あはは……これじゃ、石田君のこと、泣き虫だなんて言えないね」
「私が泣き虫、……ですか?」
「うん。あれ、言ったことなかったっけ?」

しまった、失言だったか、とさっきまでの嬉しい気持ちがしゅんとしぼんでいく。
けれど石田君は意外にも嬉しそうな顔をして、やっぱり震えていない手で、私の指先を撫でた。

「みこと様は、いつもそうやって、私をからかっていらっしゃった」

それは戻らない過去を慈しむ、幸せそうな笑みだった。


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