どうにかこうにか落ち着いてくれた石田君は、今現在私の二つ離れた斜め後ろの席に座っている。その視線がびしびしと私の背中を射抜いているのが嫌でも解って、どうにも居心地が悪かった。クラスメイト達はひそひそとうわさ話をしているし、もう。

石田君は一体なんなんだろう。
何で私の名前を知っているのか。何で私を見た瞬間に泣き出したのか。一生お守りしますって、どういう意味?私が覚えていないだけで、実は私と石田君は会ったことがあるとか?
例えば幼いときに結婚の約束をした幼馴染みだとか。……漫画の世界じゃあるまいに。

休み時間の度に石田君が私の元へ来ようとしているのは気配でわかったけれど、何を言われても困惑することしか出来ない気がして、私は毎時間トイレへと向かう羽目になった。
チャイムと共に帰ってくる度に石田君がしょんぼりとしているのには胸が痛んだが、どうしようもない。クラスメイトの視線も痛いんだもの。
けれど、三十分間もある昼休みではそうもいかなかった。いつも一緒にお昼を食べている友だちと机をくっつけようと立ち上がった途端、石田君に行く手を阻まれる。

「……」
「……」

右に避け、阻まれ、左に避け、また阻まれる。
無言の攻防を数回繰り返し、私は諦め気味に肩をすくめた。私より頭ひとつ半ほど大きい石田君へと視線を向ける。その表情がわかりやすくきらきらとしていて、なんだか力が抜けた。
友だちに断りをいれてから、石田君に声をかけ教室を出る。友だちは「後で詳しく教えてよー?」なんてにやにやとしていたのだけれど、彼女たちが楽しめるような話が出来る気はしなかった。
石田君はすっかり懐いた犬のように、私の後をついてくる。

適当な空き教室に入って、コンビニの袋を机に置く。私が席についたのを見てから、石田君は私の斜め前に腰を下ろした。
こう改めて見てみると、随分と綺麗な顔立ちをした人だなあと思う。姿勢も、昨今の高校生にしてはとても綺麗だ。茶道か剣道でもしているのかな、と考えてしまうのは私の偏見だろうか。

「……で、ええと……石田君」
「はい、みこと様」
「……」

そのみこと様って何なの、とは言えない空気だった。どうやら彼にとって、私を様付けで呼ぶのは当然のことらしい。なんとも言い難い気持ちにはなるが、とりあえずそれに関しては置いておく。

「石田君は、私のことを知っているの?」

コンビニで購入したサラダの蓋を開き、ドレッシングをかけながら問いかける。
途端、さっきまできらきらとしていた石田君の表情が曇った。「やはり、覚えていらっしゃらないのですね」との言葉はとても聞き取りづらかったが、辛うじて私の耳はそれを拾い上げる。
いよいよもって、実際に漫画のような過去があるのかと鈍い頭痛を感じながら、石田君に続きを促す。
そうして彼が話した、夢物語のような私と石田君との間に起きた話は、更に頭痛を悪化させた。

「……それ、本当?」
「私はみこと様に空言など申しません!」
「あ、うん、ごめん」

全てを聞き終えた後の疑問を、食い気味に否定され口内に突っ込んだままの箸を噛む。

でも、そうそう信じられる話でも無いでしょう。
私が豊臣秀吉の妹君で、秀吉の左腕と呼ばれる石田三成に崇められていただなんて、ねえ?そんな大層な人間じゃないのに。

「みこと様は、私に貴女様を忘れるよう仰いました。しかし、みこと様を、忘れることなど出来るはずもありません。私は貴女を守ることが出来なかった……それを悔やみ、己を呪い、恨み続けました。今生でみこと様をお守りすることが出来なかったのならば、せめて、どうかせめて来世では、また次の世では、必ずみこと様をお守りしようと。この身を捨ててでも、みこと様を見つけ出し、必ず私が、私が……みこと様の為だけに在ろうと……、ずっと願っていたのです」

薄らと脳裏に浮かんだのは、石田君には申し訳ないのだけど、この人は危ない人なんじゃなかろうか、といった感想だった。
自分の中で作り出したストーリーに酔っているようにも見える。妄想と現実の区別がつかなくて、どこかで見かけた私をヒロインにしているように思えた。他人事に見れば、その考えは間違ってないように思えた。
だけど、目の前にいる石田君を主観的に見てみる。今も涙をぼろぼろと流し、両手を強く握りしめている。唇をきつく、噛み締めている。
もしかしたら、今も石田君の瞼の裏には、目の前で息絶える私の姿が映ってるんじゃないだろうか。死にゆく私と、今生きている私とを同時に見て、混乱しているのは、彼の方かも知れない。

そう考えると、石田君がひどく可哀相に見えてきた。これはきっとただの同情で、石田君が望んでいるものでは無いんだろうけれど、今の私にはそうとしか思えなかった。
嘘だろうが真実だろうが、石田君が苦しんでいるのは事実なんだ。私が彼に守られることで彼が救われるのなら、それも良いだろう。守られる立場である以上、きっと私に害は無いだろうし。

「私は、その……前世?を思い出せないけれど、きっと石田君は、とても優しいお友達だったんだろうね」
「そんな……!みこと様のご友人など、私には勿体なき御言葉でございます」

……真面目な人というかなんというか、難しい人だなあ。

「うん、まあ、だから。石田君がその前世の私?を守れなくて、すっごく後悔してんだなってのは、なんとなくだけどわかるから。……今の私で良ければ、守ってください。なーんて……」

ぺこりと頭を下げたあと、恥ずかしくなったので茶化してみる。
けれど石田君は今にも泣きそうな顔で固まっていて、小さく身体を震わせていた。ああこれは、なーんて……の辺りは聞いてくれていないな……と直感する。
直後、石田君は勢いよく頭を下げた。ガンッと痛そうな音が教室内を満たし、私のサラダが一瞬跳ねる。

「この石田三成、生涯をかけてみこと様をお守りすると、誓います……ッ!!」

涙でゆらゆらと揺れる瞳以上に、赤くなりつつある額が気になっていけなかった。


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