鈍い頭痛に急かされるようにして、目を覚ました。枕元ではアラームがけたたましく鳴っている。手探りで携帯を手に取りアラームを止めて、部屋の時計に視線を向けた。

「……しちじ」

ぼんやりとした脳内で呟く。しちじ、七時。……七時!?
現状を理解した私は大慌てでベッドから飛び降り、部屋を出て一階の浴室へと走った。この時間帯は寝ている母に「何で起こしてくれなかったの!」なんて文句を言うことは出来ない。大慌てでシャワーを浴び、髪を拭きながら下着姿で部屋へと戻る。
現在七時半。髪を乾かして巻いて化粧をしていたら八時。着替えに五分で八時五分。始業は八時四十五分。家から学校までは三十分。途中コンビニに寄らなきゃいけないから三十五分として、学校に着くのは八時四十分……いける!

未だかつて無い速度で準備をしながら、何か怖い夢を見た気がするなと考える。妙に寒くて、痛くて、けれどどんな夢だったかまでは思い出せなかった。ただ、とても哀しい夢だった気がする。
最近夢見が悪いなあ、とため息を吐きつつ、ようやく準備を終えた私は急ぎつつも静かに家を出た。お母さん、中途半端な時間に起こすと機嫌悪いんだよね。

道中のコンビニで昼食と飲み物を買い、自転車を飛ばす。校舎内に入ったのは予定よりも五分早い八時三十五分で、自転車置き場で無言のガッツポーズをした。
これなら、息を荒げながら教室に入らなくて済む。風で乱れた髪を軽く整えながら、自分の教室へと向かった。


 **


「転校生が来るんだって」

始業五分前に席につけば、そんな声が教室内を埋め尽くしていた。
へえ、と思いつつ一限目の用意をする。あ、数学のノート忘れた。後で友だちにルーズリーフ借りなきゃ……。

「みんな席ついてー」

そうこうしている内に、担任の山崎先生が教室に入ってくる。クラスメイトは先生へ口々に「おはよー春せんせ!」なんて挨拶をしながら、大人しく席についた。私も一限の用意をしつつ飲んでいた紙パックのイチゴオレから口を離し、机の隅に置く。

「みんなもう知ってるみたいだけど、今日からこのクラスに転入生がやって来ます。石田君、入ってー」

山崎先生の声に従って、がらりと教室の扉が開く。クラス全員がそこに注目する様を他人事のように眺めながら、入りづらそうだなと思った。と言いつつ、私もそこを見ているのだけど。
確かな足取りで教室内に入ってきたのは、背の高い銀髪の男子だった。この学校にも金髪や茶髪の子はいるけれど、銀髪というのも珍しい。けれど制服はきっちりと着ていて、髪色以外は真面目に見えた。……もしかして地毛なんだろうか。

「じゃあ石田君、簡単に自己紹介をしてくれるかな」
「……」

だんまりの石田君とやらは、ひどく面倒臭そうに瞳を歪ませる。けれど嘆息のちに、チョークを手にとって黒板へと向かった。
石田三成、と教科書のように綺麗な字が名前を紡ぐ。
そうして何か、申し訳程度の挨拶でも言おうとしたのだろう。私たちの方へと向き直り、開きかけた口が、しかしすぐに閉じられた。驚愕に染まる表情が真っ直ぐに私へと向けられていて、困惑する。

「みこと、様……?」
「……え?」

呼ばれたのは、確かに私の名前だった。転入生の呟きに、先生やクラスメイト達の視線が一瞬にして私へと注がれる。
だけど私は、彼を知らない。名前も、姿も、見覚えすら無い。むしろ何で私の名前を知っているのか、少しばかり不気味なくらいだ。
怪訝そうな表情をしてしまった私だが、それも次の瞬間には消えていた。

立ち竦む彼が、唐突に涙を溢れさせたからである。

「みこと様、ああ、やっと、お会いすることが出来ました、みこと様……!」

ふらつくように駆け寄ってきた石田君は、ほとんど転けるようにして私の足下へと跪く。片手をとられ、しっかと握りしめられ、ぼろぼろ涙を流す石田君はそのまま私の名前を何度も呼び続けた。何度も、何度も。確かめるように、祈るように。……懺悔の、ように。

「……、」

相変わらず泣き虫ね、三成は。
そんな気持ちが胸の中に浮かんできて、首を傾げた。

私はこの人を、知らないはずなのに。


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