「みこと様」

穏やかな声が私を呼んだ。砂糖水のように甘くて、けれどとても静かな声だった。
顔を向けると、いつも私を守り慈しんでくれる彼がいる。それが嬉しくて、私は表情を綻ばせた。彼もまた、穏やかな笑みを私に向けてくれた。

「三成」
「はい、みこと様」

豊臣軍の大将である豊臣秀吉の妹として生を受けた私は、今目の前にいる彼を愛おしく思っていた。
三成が初めて此処に来た日から、彼はとても私に良くしてくれた。いつだって守ってくれる。私を信頼してくれている。曲がることを知らない彼は気持ちの良いくらいに真っ直ぐで、純粋で、そんな三成が私は好きだった。

三成もまた、私を好いてくれていたと思う。
それはきっと兄様を崇拝しているからこその好意だったと思うけれど、それでも良かった。神と崇める存在の妹もまた神ならば、私は三成の神様になろうと思った。
彼が望む私のままでいよう。彼が思い描く神様でいよう。
そうすれば三成はずっと、私を守るため、傍にいてくれる。

こんなにも愛おしげに、指先を震わせながら、私に触れてくれる。


 ***


大阪城に多数の敵兵が攻めてきたのは、鈍い雲が空を覆い隠す日だった。
本来、私は戦に関わることはない。戦う術も力も持たぬ私は、せめて兄様たちの弱点とならぬよう、隠れることしか出来なかった。だからその日も私は、いつも通り城の奥深くに隠れているはずだった。
けれど此度の敵は、数十人の戦忍を城内へと放っていて。
私は豪奢な着物を脱ぎ捨てながら、走り、逃げまどうこととなる。

「ーっみこと様!」

私がつらい時、悲しい時、助けを求めている時に、いつも助けに来てくれるのは彼だった。そうして彼は、私をいつもすくい上げてくれた。だから今回も、きっとそうだと思った。

「三成、――…っ」

三成が私の名前を叫ぶ。それとほぼ時を同じくして、鈍くも鋭い何かが私の全身を貫いた。
足から力が抜ける。しんしんと、静かに全身が冷えていく。視界は霞がかっているのに、脳内だけは妙にはっきりとしていて、ああ、刺されたのか、と理解した。私の身体を濡らす温もりは、己の血液なのだと、理解した。

「みこと、様、ああ、あ、みこと様、みこと様……ッ」

頭上から三成の声が降り注ぐ。何かを言おうとして、けれど口から漏れたのは掠れた吐息だけだった。己の無力さを痛感する。人とは呆気なく死ぬものだと、理解はしていたつもりだった。……つもり、に過ぎなかったようだ。
背後で私を刺し貫いた者が息絶える音がした。三成の剣術に敵う者が、そうそういるはずもない。
彼は周囲を取り囲み始めた敵兵をすべて排除すると、私を抱きかかえた。既に冷え切っている私の身体に、三成の体温はとても温かく感じた。

三成が何かを言っている。それは謝罪にも、懺悔にも、祈りにも聞こえた。だけど鮮明な言葉が私に届くことはなく、頬を濡らす三成の涙だけに、意識が集まる。あたたかな雫に、笑みが漏れた。

「みつ、なり」

息を呑む気配。
何を言おうとして私は彼の名前を呼んだのだろう。ごめんね?ありがとう?さようなら?どの言葉を口にしても、三成が真意を理解してくれる気がしなかった。
だから私は、彼にいじわるをすることにした。最後の最期で、私は彼の神様でいることを、放棄した。

「私のことは、わすれて、ね」

本当は手を繋いで城下を歩いてみたかった。力強い手で私を引っ張って欲しかった。後ろに控えるんじゃなくて、前を歩いてほしかった。なんなら無理矢理に抱き締めてくれたって良かったの。そうして、好きだ、って。口にして欲しかった。

「ね、三成」

だから、私はあなたに呪いをかけよう。永劫、私を追い求めて、いつか私を見つけてくれるように。
泣き虫で意気地無しな三成が、私の手を、いつか引くことが出来るように。



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