後の事を、私は全て、窓の向こうを流れる景色のように見ていた。


立ち上がった私は、階段の鏡に映る自分の姿を見て、申し訳なさそうに微笑む。そうしてすぐに頭を振り、ついさっき駆け下りたばかりの階段をゆっくりと上っていった。
その歩き方も、仕草も、まるで私とは思えなくて、つい苦笑する。
階段を上り終えて、内廊下から見える教室内の時計を一瞬確認した。次の授業が始まるまで、あと二分。それだけあれば充分だと、少しだけ進む足を速める。

石田君は内廊下と外廊下を繋ぐ扉の前で、呆然としていた。
伸ばしかけた手、踏み出しかけた足が、私を追いかけようとしてくれた事を感じさせてくれる。それが純粋に嬉しく思えたのは、私がもう、とっくに落ち着いているからかもしれない。

「ごめんね、少し感情的になっちゃった」
「みこと、様……」

もう一度、ごめんなさいと頭を下げる。深く。それはさっきの事を謝る以外の意味も孕んでいて、でもそれを石田君が知り得るはずもなかった。

「っど、どうか頭を上げてくださいみこと様!」
「やっぱり少し体調が悪いから、保健室に行こうと思うの。付き添ってくれる?……三成」
「……っ!勿論です!!」

少しだけ涙目で、石田君がとても嬉しそうに笑った。顔を赤らめて、本当に、嬉しそうに。
ああ、私もこうすれば良かったのかな、なんて今更に思う。……思うだけだ。私にはやっぱり、そんなことは出来ないんだろう。

教室へとやってきていた次の授業の先生に断って、二人は保健室へと向かう。
私の体調を気遣ってくれているのか、石田君は私の手を引いて半歩前を歩いてくれる。それに気が付いて、嬉しそうに微笑んだ。私はとても、満足そうだった。


きっと、これでいい。


「みこと様、昼休みにはまたお迎えに参ります。体調が回復されないようでしたらご自宅までお送りしますので……どうかごゆっくり、お休みください」
「うん、ありがとう三成」
「い、いえ……身に余る御言葉にございます……」

私も、石田君も、嬉しそうにしている。満ち足りた顔をしている。
それなら私も嬉しいはずだ。私は、ベッドに横たわって、目を閉じる。

「おやすみなさいませ、みこと様」



私は前世の記憶なんて持っていない。石田君の事も、兄だと言われた豊臣さんのことも、何にも知らない。
だけど、石田君が優しいことだけは知ってるよ。本当に「みこと様」を大切にしてるんだってことも、知ってる。

私が石田君の事を覚えていたら良かったのにとも、ちょっとだけ思う。
でも、無い物ねだりをしたって、意味がない。私は、何も知らない、覚えていない。だって私は「みこと様」じゃないもの。

だけど、もういいよ。


おやすみ、石田君。もし、いつか。いつか私が目を覚ます時が来たら。
ほんの少しでいいから、私を想って欲しいな。


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