「みこと様……、体調が優れないようですが」

今日はなんだか調子が悪いな、と休み時間に外廊下で風に当たっていたとき。
当然のように私の後を追ってきてくれていた石田君が、私の顔を覗き込みながら、心配そうに表情を歪めた。

教室の中からは休み時間らしい騒がしさが聞こえてくるのに、此処は妙に静かだ。
もうすっかり聴き慣れた石田君の声が、耳に心地良く響く。

「うん……でも大丈夫だよ。熱は無いし」
「ですが、」
「二限が体育だったから、ちょっと疲れちゃったのかな。座って授業受けてたら大丈夫だよ」

石田君に心配をかけまいと、やんわり笑んで左手を軽く振る。
私の言動を受けた石田君は暫く黙り込んで、そして。……振り絞るように、痛々しい声を漏らした。

「っ何故、みこと様は、私を頼ってはくださらないのですか」

異様に静かに感じる世界で、その声だけが、いやに響いた。

「みこと様は、何故すぐに、何でも「大丈夫」だと仰るのですか、今生の私には力が無いが故にですか。みこと様は、いつだって私を呼んで、頼っていてくださったのに、なぜ」

……なぜ。

石田君の言葉が、ぐるりと頭の中を巡っていく。
そして、じわじわ染みていくようにその言葉の意味を、彼の望みを、理解して。心臓に小さな針がいくつも刺さるような心地になりながら、なんとか笑みを作り出した。

石田君の瞳に映る私の笑顔は、どうしようもなく、情けないものだった。


「……だって、私は、"みこと様"じゃ無いもの」
「、……みこと、様……?」

その時の石田君の表情に、ようやく私はちゃんと微笑むことが出来た。そしてきっと、初めて、彼に本音を告げることが出来た。

でもそれは、私が望んだわけじゃない。


「友だちのお姉さんが言ってたんだ。世界が変われば環境も変わる。環境が変われば性格も変わる。性格が変われば経験も変わる。経験が変われば考え方も変わる。考え方が変われば、行動も変わる」

「――私は、石田君の言う「みこと様」みたいには、生きられないよ」


石田君の横をすり抜けて、内廊下に入り、階段を駆け下りる。私を追いかけてくれる存在はいなくて、それが嬉しいような哀しいような、淋しいような、複雑な気持ちで。
泣くことすら出来ないままに、私は私を拒絶した。
私じゃ、みことじゃ、石田君と一緒にはいられない。いたくない。いたい。私は私がわからない。

つい逃げ出してしまったことを反省しながら、階段の隅に踞る。
いろいろ、たくさん、考えて、考えて、……考えて。

いつか見た夢のことを、思い出した。


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