翌朝はかなり早く起きて、早々に石田君の家を後にした。
家まで送ると言ってくれたのを必死に断ったのは、初めてだ。男の子の家に泊まってたと解ったらお母さんが驚くからとは言ったものの、本当の理由は他にある。実際のところ、お母さんなら半笑いで「みことも成長したのねえ」なんて言うのだろうし。
石田君は最後まで渋っていたけれど、「三成」と呼べば案外すんなりと引いてくれた。こう言うのも悪いけれど……良いことを知ったと思う。


「ただいま……」
「おかえり、みこと。鍵を忘れるなんてドジしたわね。朝ご飯は?」
「まだ食べてない」
「じゃあ一緒に食べよっか」

自宅に着き、インターフォンを鳴らせば迎えてくれたお母さんに頷いて、ひとまず部屋に鍵をとりに行く。

石田君とのあれこれは私のお腹の中に澱んだ何かを残してはいたけれど、私はそればかりを考えられるような人間でもなかった。来月にはテストもあるし、友だちと駅前のカフェに行く予定もある。来週末には、久しぶりに連休のとれたお母さんとプチ旅行だ。
私の世界は、石田君だけで出来ているわけじゃない。

「夜は誰のお家に泊まってたの?」
「ん……さくらちゃんのとこ」
「そ。私はてっきり、男の子のとこかと思ったわ」

朝ご飯を食べながらの会話に、思わず咽せてしまう。
友だちのさくらちゃんには協力をお願いしていたからバレることは無いと思っていたけれど、やっぱりお母さんには見抜かれてしまうものなんだろうか。
げほごほと咳き込んでいる私に、お母さんはにんまりと笑みを向けてくる。本当に、この人は若いというかなんというか……。

「石田君、だっけ?最近みことが弁当作ったりしてるの、その子が理由なんじゃないの?」
「まあそうだけど……」
「みことにも春が来たのねえ。その子、どう?お金持ち?」
「さ、さあ……」

ちょうど良いくらいの半熟加減で、ふわふわとしたオムレツを口に含み、ほんのりと冷や汗をかく。
若い頃は割と遊んでいたらしいお母さんとこういう話をするのは不利だ。

「っそ、そういえば、お母さん。豊臣秀吉さんって知ってる?」
「……豊臣?社長の?」
「うん。石田君の保護者さんなんだって」

そして前世で私の兄だったそうです、とは勿論言わないでおく。

「へえ……。知ってるもなにも、今週末、会社のパーティーでお会いするわよ」
「えっ」
「創立十周年だって。うちの会社の取引先なの」
「ふうん、そうなんだ」

なにみこと、会いたいの?と続けられて、慌てて首を左右に振る。見てみたい気持ちが無いわけではないけれど、会ったところで何を言えるわけでもなし。
石田君と一緒にいたらいつか会う機会もあるだろう。それは、ずっと先の話でいい。

と、ピンポーンとインターフォンが鳴った。カメラを見れば、見慣れた制服姿の石田君が立っている。
さっき家まで送れなかったから、きっと迎えに来てくれたんだろう。
にやにやとしているお母さんをちょっとだけ睨んで、私はご馳走様と手を合わせる。石田君には少し待ってもらうよう告げて、歯磨きをして髪を整えてからしっかりと鍵の入った鞄を手に取った。

「いってきます」
「いってらっしゃい。今日は九時くらいには帰るから、晩ご飯用意しといてね」
「はあい」

玄関の扉を開けて、外に出る。

なんやかんやと考えてはいても、はにかむ石田君に温かな視線を向けられるのは、やっぱり嬉しかった。


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