道中、コンビニで下着や化粧水等を購入してから、石田君が住んでいるというマンションに向かう。
思っていたより大きくて綺麗なマンションで、やっぱり石田君ってお金持ちなんだろうかとちょっと震えてしまった。確かに石田君からは、育ちの良さを時折感じられる。
慣れたようにエントランスで鍵を開け、マンションへと入っていく石田君に「石田君ってお金持ちなの?」なんて訊くわけにもいかず、ほんの少しびくつきながら石田君の後を追った。
……そういえば、石田君の後ろを歩くのは、珍しい気がする。

エレベーターに乗って石田君の部屋がある階へ到着すると、石田君はちらちらと私の方を気にかけながら歩いていく。ちゃんと着いてきてるよ、の意で目元を微笑ませれば、ぱっと顔を赤らめて視線を逸らされた。
こういうところは、私よりも女の子っぽい反応だと思う。
辿り着いたのは角部屋で、暗証番号制の鍵と扉を開けると、石田君は私に先に入るよう促してくれる。此処で譲り合いをするのもどうかと思ったので、大人しく軽く頭を下げてから石田君の部屋へとお邪魔した。

「お邪魔します」

靴を脱ぎ、揃えようと後ろを向けば、既に石田君が靴を揃えてくれている。
さすがというかなんというか、慣れてるなあと思いつつお礼の言葉を口にし、石田君があがる為に後退して玄関のスペースをあけた。
リビングへと案内され、想像以上の広さと、物の少なさに、目を丸くしてしまう。
ソファーとテーブル、棚、テレビしかない。部屋が広いのに最低限の物しか無いから、余計に広く見えてしまった。……なんだか少し、淋しくなりそうな部屋だ。

「みこと様はどうぞごゆっくり、寛いでいてください。私はお茶を煎れて参ります」
「え、あ、お構いなく……」

言うが早いか、石田君はリビングから少し離れたところにあるキッチンへと歩きだしてしまう。
なんとも居たたまれない気持ちになりながら、座り心地の良さそうなソファーへと腰を下ろした。ソファーは思った通りふわんとした座り心地で、けれどちゃんとした姿勢をとりやすい。
足下に鞄を置き、手は両膝の上に揃えた。
そういえば、私は今、男の子の部屋にいるんだよなあ、と今更ながら妙な恥ずかしさが襲ってくる。石田君だからそんな、変なことは起きないだろうけど、やっぱりどこか恥ずかしい。今まで、男の子の部屋に入ったことなんて、無いし……。

「どうぞ、みこと様」
「わ、ありがとう」

コトン、と静かな音を立てて、テーブルに温かそうなお茶が置かれる。緑茶だろうけど、きっとこれも高いんだろうなあ、と茶托に軽く触れてうっすら遠い目をしてしまう。
石田君はそんな私を不思議そうに見てから、「では私は夕食の用意をしてきますね」とまたキッチンへ戻っていった。

「石田君さ、」
「……はい?」
「もしかして、緊張してる?」

一応キッチンはリビングと対面式になっているから、声は届く。
どうにも忙しない、というか落ち着きのない、というか……な石田君に、もしかしてと思い当たった言葉を向けてみれば、彼は私に背を向けたままぴくりとも動かなくなった。
そのままぎこちない動きでこちらを振り向き、視線が絡む。

「……みこと様が、私の部屋にいらっしゃるのだと思うと、……つい、喜びでいてもたってもいられなくなってしまうのです。……見苦しい様をお見せしてしまい、申し訳ありません」
「えっ、いやいやそんな、謝る事じゃなくて!……私も緊張してるから、えーと…お揃いだね」

しゅんとしょぼくれてしまった石田君に、慌てて声を上げる。
私の言葉に石田君はぱちぱちと瞬きをして、「みこと様も、緊張していらっしゃるのですか……?」と僅かに声を震わせた。
もちろんと頷いて、また恥ずかしくなり目を逸らす。

「でも、石田君と私はただの同級生なんだし……石田君にはそんな緊張してほしくないな。もっとこう、自然体で接して欲しいっていうか……」
「ただの同級生などではありません」
「、え?」

私なりに、言葉を選んで石田君の緊張を解そうとしたつもりだった。けど、どうやらそれは失敗だったらしい事は、食い気味に否定した石田君の表情で理解した。
ただの同級生などでは、ないのです。もう一度、今度は静かに繰り返され、思わず押し黙る。

「みこと様は、私がお仕えすべき主なのです。それは永劫、魂が幾度輪廻しようとも、変わるはずの無い事実です」
「……でも、」
「私はみこと様の為だけに存在しています。みこと様を守り、みこと様に仕え、みこと様の為だけに生きる……。それが私の望みであり、存在理由なのです」

――私のような者が、みこと様と並ぶことは出来ません。

告げられた言葉は、私にとってはハッキリとした拒絶だった。
そう言われて、ショックを受けて、初めて解る。……ああ、私は石田君が好きなんだな、と。
好きだから並んで歩きたい。自然体で接して欲しい。素の、石田三成っていう存在を見せて欲しい。
だけどそれは、無理なんだろう事も、はっきりとわかってしまった。

石田君は過去をやり直したいだけなんだと、思う。
私じゃなく、みことという神様を守りたいんだと、願っている。
それはやっぱり、私への確かな拒絶だった。

「……そっか」

小さく呟いて、涙をぐっと堪える。

私はきっと、いつか決めなきゃいけないんだろう。
石田君に嫌われてでも、私は彼の神様じゃないと知ってもらうか。それとも、石田君と一緒にいるために、彼の神様になるのかを。


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