「みこと様!」

終礼のチャイムが鳴ると、石田君はさして離れていない私の席へと駆けてくる。
昼休憩のお弁当以外に、一緒に下校をするのも恒例行事となりつつあった。毎日毎日、自転車で三十分の距離を家まで送り届けてくれる石田君には、頭が上がらない。
石田君のお家は私の家から少し離れた場所にあるらしく、方向は一緒なのでまだ良いのだけど。それでも学校から私の家まで行くより、学校から石田君の家まで行った方が早い。……やっぱり、頭が上がらない。

石田君を待たせないよう、手早く下校の準備を済ませ、まだ教室にいる友だちに別れを告げてから教室を出る。
いつも通り石田君は私の半歩後ろを歩いて、彼の恩人であり、過去、私の兄だったらしい秀吉様の話をしてくれていた。その秀吉さんは、現在石田君の保護者だそうだ。血は繋がっていないらしいけれど。詳しくは聞けていない。

ほんのりと涼しい風を感じながら、自転車を押して帰路につく。
石田君は存外、口数が多い。過去の私の話。彼の保護者である秀吉さんや、秀吉さんのお友達である半兵衛さんの話。それから石田君の友人らしい刑部さんや、弟の左近さんの話。石田君の口から語られる話は、いつもその辺りだ。
彼が転入してきて一ヶ月経つけれど、まだまだ話題は尽きそうにない。
私はそれらの話をうんうんと頷きながら聞くのが精一杯だ。もちろん聞いていてつまらない話ではないし、石田君は意外にも語りが上手いので楽しいのだけど。

「そして刑部が……と、もうすぐみこと様の御宅ですね」
「そうだね。今日も石田君のお話が楽しくて、あっという間だったなあ」
「いえ……つい、いつも私ばかりが話してしまい、申し訳ありません」
「そんなことないよ、石田君のお話、聞いててとても楽しいから」

辿り着いた家の前で、石田君はいつも私に向かって深々と頭を下げる。こうまでされると、本当に偉い人になったような気分で、なんだかとても不思議だ。
じゃあまた明日ね、と手を振って、鞄から鍵を取り出そうとする。……あれ?鍵、どこだろう。鞄の中を探り続ける私を、不思議そうに石田君が見つめているのが横目に映る。早く鍵を見つけて家に入らないと、石田君もお家に帰れない。というか、帰ってくれない。
早く見つけなきゃ、とどんなに焦っても、家の鍵は見つからなかった。制服のポケットやお弁当袋の中まで捜してみるけれど、やっぱり見つからない。

「……みこと様?」
「ど、どうしよう石田君……。鍵、家の中だ……」

はたと思い出したのは、部屋のテーブルに置いたままのキーケースだった。そうだ、昨日鞄の中を掃除したから……入れ忘れちゃったんだ。
どうしよう、と表情を曇らせる。今日のお母さんは朝から昼まで仕事で、また夕方から仕事に行ってしまっているから、日付が変わるまで帰ってこない。早くても深夜の二時、遅くて四時くらいだろう。それまでどこかで時間を潰すことも考えたけれど、高校生は深夜帯になると補導されてしまう。

事情を簡単に話し、どうしよう、とまた震えた声を漏らす。
石田君はそんな私に落ち着くよう言ってくれて、そして、少しだけ悩むような素振りを見せた。
友だちに連絡して、誰かに泊めてもらうしか無いかな、と思いだした頃。石田君がゆっくり、口を開く。

「みこと様、もし、貴女様さえ良ければ……どうか私の家に、来ては頂けませんか」
「……え?」
「烏滸がましい発言だと理解はしております。ですが、みこと様を見知らぬ者の元へと送るわけにも、この場へ置き去りにするわけにもいきません。私の家であれば、此処からさほど遠くもなく、みこと様の御身を煩わせる事もないかと……」
「え、で、でも……いいの?石田君や、石田君のご家族に迷惑なんじゃ……」

予想外の提案に、思わずそう応えてしまう。けれど石田君はすぐさま、迷惑じゃないと、自分は一人暮らしをしている旨を伝えてくれた。
それはそれで問題だと思うのだけれど、期待と僅かな怯え、そして頑なな意志とを灯した石田君の瞳に、断りの言葉が脳内で霧散する。もうどうにでもなれと、とりあえずお母さんに、鍵を忘れたから友だちの家に泊まるとメールを入れた。

「じゃあ、ごめんね石田君。一晩、お世話になります」


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