「えっ黒田さん、あたしなんかを貰ってくれるんですか」
「お前さん、自分を"なんか"だなんて卑下するもんじゃないぞ」
「論点そこじゃなくて」

黒田さんは至極真面目な顔であたしを見下ろしている。
何でだろう、別に黒田さんの顔とか全然好みじゃないのになんかどきどきしてきた。心臓がうるさい。あたしの顔の好みは半兵衛様みたいな感じだったのに。真逆もいいとこだ。

「小生はなあ、その、なんだ。お前さんのことは元から嫌いじゃあない。妙な縁みたいなもんも感じている」
「うわ、はい」
「だからだな、まあ、お前さんが嫌じゃないって言うんなら、こんな穴蔵暮らしだが」
「……な、なんか緊張しますね!?」

心臓が口から出そうになったので、慌てて言葉を吐き出す。そんなあたしに呆れたような様子で黒田さんは肩をすくめて、ため息を吐いた。し、失礼な。

「鈴……お前さんはもうちょい、雰囲気というものを大事にすべきだと思うね」
「すみません……」

正論である。黒田さんが一生懸命いろいろ伝えてくれてるのに、それをぶち壊してしまったことに関しては申し訳ないと思っています。
でもこういうのには免疫がなくて……。

「というか黒田さんは、これからどうするんですか?」
「これから、ってのは?」
「えーと……天下取り的な意味で」

あたしの嫁行き云々はともかく、黒田さんがどういう人生を歩むつもりなのかは単純に気になる。
秀吉様によって穴蔵に放り込まれてから、結構経つだろう。その間にこの地下道を造り出していたことは見ればわかる。この地下道を使って、この人は何かをするつもりなんじゃないだろうか。
問いかけるあたしに、黒田さんはにまりとあくどい笑みを見せた。子供がいたずら計画をこっそり教えてくれる時のような笑みに、なんだか不思議と可愛さを感じる。

「小生はな、この穴道を日ノ本中に張り巡らせ、各国に奇襲をしてやるのさ。突然に背後からずばーん!とやられた奴らの居城を乗っ取って行けば、小生の天下は目の前だ!」
「侍とは思えない卑怯っぷりですね」
「策略と言ってくれ!」

つい漏らしてしまったあたしの感想に、憤慨する黒田さん。でもまあ、お天道様に顔向け出来るかと言われたら微妙だけれど、これも立派な策だろう。有用といえば有用に思える。
まさか各国の国長たちも、己の領地の土下に穴道が通っているだなんて思いもしまい。

しかし黒田さん、あの秀吉様や半兵衛様に危惧されるだけのことはある。この野望の強さは、放っておけば豊臣のためにはならないだろう。……って、何であたしは豊臣の事を考えてんだ。もう家出したから関係ないのに。
こう考えよう。そうやって天下を取ろうとしている黒田さんについていくのも、やっぱり面白そうだと。戦は面倒だけど、己のいる軍が天下をとった世界は見てみたい。

「黒田さん、」
「ん?何だ」
「こんな、顔とか身体とか、傷だらけで、銃と刀をいじくるしか能のない女でも良ければ、なんですけど」

ぺこりと頭を下げる。

「お嫁に貰ってください!」

何でこうなったのかはあたしもいまいち自分で理解していないけれど、恋愛感情抜きにしても黒田さんのことは好きだ。
あたしを傷付けないから、すき。全部理解した上で、知らんぷりもしてくれるから好き。
一緒にいて色んな気を回さなくていいから、好き。
その想いを込めて、顔を上げた。黒田さんへ、視線を向けた。

黒田さんは土で汚れた顔をほんのり赤くさせて、唇を震わせていた。あ、の形にしたり、う、の形にしたり。返答を探しているようだ。
だけどすぐに、きゅっと閉じた口を、開いた。

「顔の傷なんて大した問題じゃあない。小生の顔にだって、ほら、痣が残っている」
「わ、……見せちゃっていいんですか?」
「お前さんなら気味悪がりもせんだろう」
「そりゃあ、勿論そうですよ」

一旦あげた前髪を戻した黒田さんに、あたしも目元の傷を見せてみる。
「小生なんかと比べれば、大した傷じゃあないさ」と笑ってくれた黒田さんに、泣きたいような気持ちになりながら、呟いた。

「自分のこと、なんか、なんて言っちゃだめなんでしょ?」
「ああ、そうだったな」

黒田さんの優しさは、あたしをすくってくれる。


(□月△日。天気不明。
 黒田さんのところに、お嫁に行けた。)



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