どうにかこうにか後藤さんから逃げ延びることが出来た。今まで何度も命の危機は感じていたけれど、あそこまでのものは初めてだよ。あたし、後藤さんに何をしたんだろう。何もした記憶がない。

穴道に入って八日目だが、黒田さんは未だに見つからない。こんなにも呼んでるんだからそろそろそこら辺の穴からひょっこり顔を覗かせてくれてもいいと思う。黒田さんはそういう空気を読んでくれない人だ、まったく。

「黒田さあ〜ん」
「なっ、何だ!?」
「あ、いた」

空気読んでくれる人だった。
驚き混じりにきょろきょろしている黒田さんに、此処ですよここ、と片手を振る。
黒田さんはあたしの姿を視認すると、口をあんぐりとさせて不審そうに近寄ってきた。

「お……お前さん、鈴か?」
「そうですよ」
「何で鈴がこんなとこに……ハッ!まさか刑部の使いか!?」
「違います」

チィッと隠しもせず舌打ちをする。黒田さんはそんなあたしにびくっとして、恐る恐る、といった風にあたしの様子を窺った。身体は大きい癖に、妙なところでびびりな人だ。
豊臣軍を抜け出てきたこと、黒田さんのところに置いて欲しいこと、ついでに道中で後藤さんに殺されかけた事なんかを掻い摘んで説明し、お願いしますと頭を下げる。
黒田さんはとてつもない同情的な視線であたしを見下げ、「お前さんも大変だな……」と涙を呑んでいた。

豊臣軍時代から、あたしと黒田さんは似たような境遇にいたので、そこそこ仲は良い。
今となっては目元を隠している点まで似通ってしまった。ここまでくると運命のような気がするのでやっぱり黒田さんとこにお嫁に行こうそうしよう。一息。

「そういう訳ならしょうがない。今更豊臣にも戻れんだろう。紅一点が混ざるとくれば、あいつらも喜ぶだろうさ」
「やった!ありがとうございます、黒田さん」

こっちだ、と歩き出す黒田さんの後を、にこにこ気分で追う。
今のところの住処らしい場所へたどり着くまでに、大岩が転がってきたり、二人揃ってずっこけたり、どこから来たのかわからない虎に追われたりと散々な目に遭いはしたけれど、一人じゃないからか妙にそれは楽しかった。

「黒田さんって本当についてないですね」
「そりゃあお前さんもだろう、鈴……小生一人じゃあ此処までひどくはないぞ」
「まあ不運持ちが二人もいれば、訪れる不運も倍ですよねー」

なんて言いながら、あたしも黒田さんもそこまで嫌ぁな顔はしていない。

「大岩が転がってきたとき、あたしを抱えて走ってくれた黒田さん、格好良かったですよ!」
「お前さんに言われてもなあ……」
「うわ、傷付きました……もうお嫁に行けません」
「え、」

わたわたと慌てながら、黒田さんがいやでもあのあれだ、なんて何かを言おうとしている。
そんな様子ににんまりと笑みを作って、あたしは口を開いた。それと同時に、黒田さんも意見がまとまったのか口を開く。

「責任とって、お嫁にしてください!」
「そうだ、小生の嫁にくればいい!」

「「……うん?」」


(□月△日。天気不明。
 黒田さんと再会した。お嫁に行けるかもしれない。)



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