次の戦、あたしはお休みらしい。さっき半兵衛様からそう伝えられた。
療養に専念するよう言われたが、それなら半兵衛様も休むべきだと思う。あの人はあたしが気が付いてないとでも思ってるんだろうか。
心配すらも許されないだなんて、ひどい人だ。

ともかく休めと言われたら休むしかない。
愛銃の手入れをしながら縁側で日向ぼっこをする。今のところは良い天気だけれど、肌寒いし雨のにおいはするし、日が暮れる頃には天気も下り坂となるだろう。それまでには手入れを終えよう。
布で銃身を拭いていれば、不意にあたしの身体に影がさした。顔を上げる。
三成さんと刑部さんがいた。

「……おつかれさまです」

三成さんはじっとあたしを睨み付けている。視線はもううっすらとした痣となっている額の痕と、頬の切り傷へと注がれていた。そうして、あたしの目をまっすぐに睨めつける。
こりゃ以前の戦のことがバレたか、と拭き終えた愛銃を布の上に置いた。三成さんの背後で、刑部さんはふよふよと宙に浮いている。

「貴様は、秀吉様と半兵衛様と共に進むことを許されながら、秀吉様が進まれる道の遮障となったそうだな」
「ああまあ、はい」

それ以降はだんまりで、刀を向けられる。あたしはその切っ先をじっと見て、刑部さんへと視線をやった。にまにまと笑っている。
本当にこの二人には嫌われているなあと胸の内で軽く笑い、この事態をどうすべきか考えた。
同僚と上手くやっていけないのなら、そろそろ豊臣からは抜けるべきかもしれない。つい先日、黒田さんや後藤さんもいなくなっちゃったし。あの時ついでにあたしも抜けとけば良かった。
いやまあ黒田さんは己から抜けたんじゃなくて、秀吉様によって穴蔵に突っ込まれたんだけどね?あの人もあたしに負けず劣らず、不運な人だ。

「何をしているんだい?」
「っ!は、半兵衛様!」
「……半兵衛様」

廊下の角を曲がってきた半兵衛様が、刀を突きつける三成さんと突きつけられるあたし、という図に僅かに瞠目する。三成が慌てて引いた切っ先は軽くあたしの鼻先を掠め、蚯蚓腫れのようにそこは赤い線を描いた。
痛かったんだけど、と思いつつ黙ったままで半兵衛様に目を向ける。

「鈴……あまり問題を起こしてはいけないよ」

優しく諭すような声は、あたしだけに発せられていた。三成さんが一瞬だけ、あたしを見やる。刑部さんが口の中で笑い声を漏らすのが聞こえた。

「すまなかったね、三成君。鈴には僕からきちんと言っておくから」
「い、いえ……!勝手な事をしてしまい、申し訳ありません、半兵衛様」

大体の想像はつく。
三成さんの言葉は、この廊下を通る半兵衛様の耳にも届いていたんだろう。三成さんが何で怒っているのかも、何で刑部さんが愉しそうにしてんのかも、あたしが黙りな理由も。
その上で半兵衛様がどっちの肩を持って、どう事を納めるのかも想像できる。

だからここでの正しい行動は、頭を垂れて半兵衛様の言葉に従い、彼の後を追うことなのだけど。
鼻先の痛みが、額に、左瞼に、頬に、背中に、伝染していくようで。

「あたし、ここ抜けます」

自然とそんな言葉が、口から漏れ出ていた。

「、鈴?」
「豊臣軍やめます!それでは!今までありがとうございました!!」

手入れをし終えたばかりの愛銃と愛刀を抱え、三成さんと刑部さんの間を抜け、城を囲む塀を跳び越える。
半兵衛様と三成さんがあたしの名前を呼ぶ声が聞こえてきたけど、もうこんなとこで生きてなんていられるか!とあたしは走り続けた。

こうなったら黒田さんのとこに逃げてやる。
あの人ならあたしを邪険にはしないだろうし、あたしに怪我を負わせることもない。なんだったら黒田さんのお嫁さんになって黒田鈴になってやる。
あたしなんかいなくても、半兵衛様と秀吉様には三成くんがいるんだから、別に問題ないでしょ!ふんだ!みんななんてもう知らない!


(□月●日。晴れのち曇り。
 豊臣軍を抜けた。お嫁に行きたい。)



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