戦も無事終わり、帰阪していたあたしを見てげらげらと笑い転げたのは、三成さんがいつぞやかに拾ってきた左近くんであった。 「顔やばいじゃんめっちゃ指の痕!秀吉様すっげー!」と言葉の端々に笑いを滲ませながら、あたしの顔を指さして床を転げ回っている。目尻には涙をにじませ、喉を時折引きつらせ、それはそれは大笑いをしていた。失礼すぎやしないだろうかこの子。 「こんな顔傷だらけじゃあ嫁の貰い手なんていねーんじゃねえの?」 「それに関してはあたしも危惧している」 秀吉様の指痕は、まあその内には消えるだろうと思う。今は青紫色の痣となって、あたしのおでこを彩っているが。 でも三成さんに斬られた痕は消えないだろうし、下手をすれば半兵衛様の刀がかすった頬の痕も残るだろう。あたしが男ならこんな傷だらけの女欲しくない。しかも戦くらいしか出来ることないし。 ……落ち込むからこの思考やめよ。 「まあでも鈴さんの場合、傷が無くても嫁の貰い手なんていないか」 「どういう意味よ」 「だあって、鈴さん趣味が銃と刀の手入れで、茶のひとつも煎れらんないっしょ?料理とかできんの?」 「半兵衛様が兵士になるなら料理なんて出来なくてもいいって言ってくれたもん」 「つまりできないんじゃん」 思わず口の中で舌打ちをする。 左近くんは悪い子じゃないのだけど、思ったことをばんばん口にしてしまうのが玉に瑕だ。あたしの心はさっきからぐっさぐっさと刺されまくっている。戦は終わったはずなのに満身創痍なんだけど。 ぶすくれるあたしに、左近くんもさすがに言い過ぎたと思ったのか、取り繕うように「まあでも料理できるだけが女の取り柄じゃないしね!?」と空笑った。 「ほらなんか、鈴さん得意なこととかあるっしょ?」 「博打」 「……んじゃ好きな食べ物とか!」 「鴨肉」 「……飲み物、」 「酒」 「鈴さん……アンタ産まれる性別、間違えたんじゃないすか……」 その憐れみのこもった視線をやめてください。 「……ん?ていうか鈴さん、博打得意なんだ?」 「昔から割と」 「運は悪いのに?」 「左近くんはあたしを怒らせたいの?」 んなわけないっすよお、と適当に笑う左近くんに、また口の中で舌打ちをしておく。 この子はもしかして、わざとあたしを怒らそうとしているんじゃなかろうか。もしかしたら悪い子なのかもしれない。これから用心しよう。 「んじゃ俺が賽振るんで、出目当ててくださいよ」 「いきなり敬語やめろよ。いいけど」 なぜだか真面目くさった顔つきになった左近くんが、掌の中で賽を転がし始める。それを投げようとした瞬間に、「二・五」と呟けば、畳の上に転がった賽はその通り、二と五を指していた。 左近くんの目がまあるく見開かれる。失敬な子だ。 「もう一回!もう一回!」とまくし立てられ、その後も何度か賽の出目を当てさせられたが、結果は八、九割方といったところで当たりだった。昔からその手の運だけは強いのだ。 日頃の怪我は多いが、食いっぱぐれた事はない。 「うっわ〜…鈴さんの癖に……」 「癖にって」 「ちょっと今日晩、俺と一緒に賭場行こうぜ」 「やだよ。左近くんお金絡んだ博打弱そうだもん」 「鈴さんなんか男に誘われることも珍しいだろうに……」 「いい加減怒るぞ」 その後もああだこうだとこいこいをしながら賭場へと誘われ続けたが、賭場での博打行為は半兵衛様に禁止されているので頑なに拒否した。 ら、あろうことか左近くんは「鈴さんが一生嫁に行けない方に賭けるから!」と半ギレで部屋を飛び出て行ってしまった。こいこいであたしがボロ勝ちしたのも原因のひとつかもしれない。 (×月△日。晴れ。 左近くんに心をめった刺しにされた。お嫁に行けない。) ← → 戻 |