今回の戦は、秀吉様と半兵衛様も出陣される。豊臣軍総出の大がかりなものだ。勿論、あたしも例外なく駆り出されている。
あたしの仕事は半兵衛様の補佐というかなんというか、そんなところで。まあつまるところ実質の仕事は大して無い。秀吉様と半兵衛様を必死に追いかけて、はぐれないようにしながら周囲の敵兵を斬り伏せるだけだ。それもほとんどが、秀吉様と半兵衛様の手によって打ちのめされた後の兵なのだけど。

秀吉様の戦いぶりは、なんというか壮観だ。その体躯に見合った豪快さと言うか。
敵兵を斬る事ではなく、秀吉様の技に巻き込まれないようにするのがあたしの仕事だと言ってもいい。
秀吉様の手から運良く逃れた敵兵も、半兵衛様の手からは逃れられない。もしそれからも運良く逃れられたとしても、その先にはあたしの愛銃ちゃんが待機している。秀吉様を先頭に進む道には、敵兵の骸しか並んでいなかった。

周囲をざっと見回し、いないとは解っていても生き残りがいないか確認しつつ、足を動かす。
二人からはぐれないよう、二人に余計な手間をかけさせないよう、そう考えながら己の身も守るのはなかなかに困難だ。疲れる。
元よりそういう星の元に産まれてしまったのか、不運に見舞われるあたしだ。流れ弾は必ずあたしに向かってくるし、体勢を崩した兵はあたしに向かって倒れてくるし、踏み出した足の先には石が転がっている。それらを全て避けなきゃいけないのは至難の業で。

まあつまり、転けた。

「うひっ、」

ずさああと滑っていったあたしは、きれいに秀吉様の腕が向かう先へと頭を突っ込んでしまう。あ、やばい、そう思った瞬間には秀吉様に頭を鷲掴みにされていて、そのまま敵兵に向かってぶん投げられた。

「ひ、秀吉!それは鈴だ!」
「……む、」

僅かに焦ったような驚いたような半兵衛様のお声を遠くに聞きながら、「あー……」と情けない叫び声と共に階段を滑り落ちていく。敵兵と共に。
尋常じゃない握力をお持ちである秀吉様の手に、思いっきり握りしめられた頭はじんじんと痛んで、半分泣いていた。脇腹には敵兵の持っていた刀が掠り、額には秀吉様の指の痕が残っていることだろう。ああ、また顔に傷が増えた。

「鈴!」

どうやらあたしと共に落ちゆく敵兵が意識を取り戻したらしい。
明確な意志をもって向けられる刀を横目に見ながら、やや慌て気味に愛刀を抜く。けれどそれよりも一瞬早く、半兵衛様の凜刀があたしの顔横を通り過ぎていった。鞭の状態となって、敵兵を突き落としたようだ。
……が。

「いったぁー!?」
「あ、」

しゅるるんと戻っていく凜刀の刃先が、あたしの頬を撫でる。シュパンとそれはそれは切れ味良く、あたしの皮膚を切り裂いていった。
そのままどさっと地面に着地し、腰やら足やら背中やらがずっきずき痛む中で、己のほっぺと頭を撫でさする。涙は既に乾いていた。

「痛いじゃないですかあ半兵衛様あ!!」
「……君が鈍くさいからだろう。秀吉の邪魔をさせる為に、君をここに連れてきている訳じゃないんだよ」
「それは申し訳ありませんでしたあ!」

全身の痛みも忘れてとりあえず土下座をしておく。階段の段差におでこを思いっきりぶつけた。痛かった。

「……構わぬ。行くぞ半兵衛」
「ああ、すまないね秀吉。ほら鈴、いつまでそこで座っているつもりだい?呆けているような時間は無いよ」
「はあい……」

まだ敵将の元にも辿り着いていないのに、何であたしは満身創痍なんだろう。ちらりと心配げにあたしを見やってくれた秀吉様に、もう一度申し訳ありませんと謝って彼らの後に続く。
……とりあえず、三成さんがいなくて良かった。あの人がもし今、この場にいたら。秀吉様と半兵衛様の歩みを止めてしまったあたしを斬滅していたことだろう。

薬師が持たせてくれた血止めの薬を頬と脇腹に塗りながら、転げ落ちた階段を駆け上がった。


(×月□日。晴れのち雨。
 秀吉様と半兵衛様の攻撃に巻き込まれて顔に傷ができた。お嫁に行けない。)



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