三成さんに顔面斬りつけられてから数ヶ月。ようやく前髪が伸びてきたので傷跡もすっかり隠せるようになった。左側がちょいちょい見づらいけど戦の支障になる程じゃないので良しとする。

今日は愛銃と愛刀の手入れでもしてあげるかな〜とるんるん気分で城内を闊歩する。
最近の大阪城は侵入してきた敵を阻むための水攻めとやらで忙しそうだ。あたしとしては泳げない人間なので水攻めは勘弁していただきたい。豊臣軍の人間で良かったと思うべきなのか否か。水攻め考案者が半兵衛様ってのがまた何とも言えない。
しかも数ヶ月前に帝さんがなんちゃら奉還とか言って、日ノ本を戦乱にぶち込んでしまったのだ。秀吉様はよっしゃきたこれと言わんばかりに天下統一の為の準備を始めてしまった。まあこれに関しては秀吉様だけに限らず、日ノ本中の国主たちが、なのだけど。
戦は嫌いじゃないのだけど、正直面倒臭いのである。何日もかかると湯浴みも出来ないし、血臭は好ましいものじゃないし。あと痛いのは嫌いだ。日頃転けたりぶつけたりしてるあたしには戦で受ける傷がどれだけ痛いものかをよおく知っている。

「あ、刑部さん」

視界の隅に見知った人が映ったので思わず声をかけてしまったが、くるりと振り向いたその人の顔を見て自分の行動を悔いた。
目元だけでにんまりと笑い、刑部さんが少しだけ手先を動かす。呼応するように刑部さんの周囲を回っている数珠が動いて、ひゅんと風をきりながらあたしへと向かってきた。

「い゙ったぁ!!」
「やれ鈴、傷の具合はどうだ?」

全速力で逃げようとしたあたしの背中を、刑部さんの数珠が襲う。ゴッと鈍い音がして吹っ飛び、俯せの姿勢で床に転がったあたしの頭上から、そんな声が聞こえてきた。
せ、背骨がさっきミシィッていった、これ折れてないかな、大丈夫かな。あとめっちゃ痛い。

「背中におもっくそ攻撃入れておきながらの言葉じゃ、ないと思います……」
「おお、それはすまなんだ。しかしぬしが逃げようとするのが悪いのよ。ヒヒッ」

背中をさすりさすり起きあがろうとしたあたしの前に、刑部さんの手が差し出される。
何だ今日は優しいな……とその手に掴まろうとした瞬間、手はひょいと引っ込められ、代わりに頭上からゆるく数珠が降ってきた。ごんっと痛い音がした。

「やれ手が滑ったァ」

頭にでっかいたんこぶをこしらえたあたしを、刑部さんは至極愉快そうに見下ろしている。そしてあたしは頭上からの衝撃によってまた俯せの姿勢である。
見ようによっては刑部さんに全力で土下座しているようで嫌なのだけど、あまりの仕打ちにちょっと泣きそうだったので顔を上げられなかった。
このたんこぶ治るかな。ていうか背中に痣できてないだろうか。

「賢人に呼ばれていたのを忘れておったわ。ではな鈴」
「……どうも」

ふよふよとあたしの頭上を飛び越えていった刑部さんの、輿についてるひらひらに頭を撫でられながら背中をさする。

愛刀と愛銃の手入れを諦め、再び城仕えのお医者さんに看てもらえば、苦笑気味に「治ると良いんですがねえ」と背中に湿布を貼られた。
これも痕になったら刑部さんも恨んでやる。そう心に決めるのもやっぱり仕方ない。


(△月○日。曇り。
 刑部さんに背中へ数珠を思いっきりぶつけられた。お嫁に行けない。)



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