穴蔵暮らしを初めて数ヶ月。戦に関しても夫婦(?)生活に関しても概ね順調です。

さてそんなある日。穴蔵に半兵衛様達が現れた。
侵入者だと伝えられて官兵衛さんと一緒に向かったら、秀吉様、半兵衛様、三成さん、刑部さん、左近くんと豊臣軍総出での侵入だったのでびっくらこいた。
唖然とするあたしを隠すように立つ官兵衛さんにこっそりときめきつつ、半兵衛様の様子を窺う。

あんな出方をしたのだから、怒っていても仕方ない。案の定三成さんは噛み付かんばかりの勢いでこっちを睨んでいる。
だけど半兵衛様は、意外にも落ち着いた様子であたしと官兵衛さんとを眺めていた。その視線が、興味を抱いてないようにも見えて、ほんの少しだけ泣きそうになった。

「やあ鈴、久しぶりだね。思っていたより元気そうで安心したよ」
「……半兵衛様、」

小さな時から聴き慣れている半兵衛様の声は、じんわりと私の鼓膜に染みていく。
その声に優しさが含まれていることに、なぜかとても安心した。

「半兵衛、何しに来た!まさか鈴を連れ戻そうってんじゃあ無いだろうな!」

がるるる、と官兵衛さんが唸る。
そんな様子を半兵衛様はせせら笑って、「当然じゃないか」と呟いた。半兵衛様の視線があたしへと向けられている。
続けられた言葉に、あたしは首を絞められているような気持ちになった。

「鈴は豊臣に、……いや、僕に必要な存在だ。今までは鈴が僕から離れていく事はないと高を括っていたけれど……こんなことになるとはね」

肩をすくめられる。

「帰っておいで、鈴。心配しなくても僕は怒ってなんかいない。むしろ反省をしているくらいさ。君の扱いを誤った、これは僕の失敗だ。鈴の力は、秀吉も、僕も頼りにしている。鈴、君は豊臣の大切な未来なんだ。……帰っておいで」

手を差し伸べられる。


心配そうに、官兵衛さんがこっちを振り返った。前髪の隙間から覗く瞳が頼りなさげに揺れていて、きっとあたしもおんなじような顔をしているんだろうなと思う。
次いで半兵衛様に目を向けた。いつもと変わらぬ凜としたお姿。双眸には頑なな意志が込められていて、あたしがその手を取ると信じているのが見て分かった。……いや、信じてるんじゃない。それが当然だと思ってる。

あたしが豊臣を抜けた理由は、みんながあたしを疎んでいると思ったからだ。
秀吉様も半兵衛様も、最初はどうあれ今はあたしを必要としていない。三成さんがいるから。その三成さんと刑部さんもあたしを嫌っている。左近くんはあたしをナメまくってる。他の兵士達も、半兵衛様に拾われ育てられた女兵士だなんて存在に、良い顔はしない。

それが積み重なって、あたしはあそこを衝動的に抜け出した。
あたしは自分が弱いことを知っている。あれ以上豊臣に居続けたら、自分がどうなってしまうかは目に見えていた。だから逃げ出した。
今でもそれは正しい行動だったと思っている。

だけど、半兵衛様達が迎えにきてくれた。それはとても、喜ばしいことなのだろう。それと同時に、とてつもなく申し訳のないことだった。
あたしなんかの為に、半兵衛様の手を煩わせてしまった。それはあたしが是とする出来事ではない。
秀吉様と三成さんと刑部さんは何も言わないけれど、左近くんも「帰ってきてくださいよお」と口を尖らせている。その理由は大体察せてはいたけれど、単純に嬉しかった。
秀吉様と三成さんと刑部さんだって、あたしを不要としていたのなら此処までは来てくれないだろう。

どうやらあたしは、自分で思っていた以上に、豊臣に必要とされていたみたいだ。


「……、鈴」

一歩、二歩、前に出る。官兵衛さんが心配そうにあたしの名前を呼んだ。

「ご足労頂き、本当に申し訳ありません。そして、感謝します」
「鈴、」
「だけど、あたしは豊臣に戻ることは出来ません」

貴様ァッ!と三成さんが刀を抜く。それを半兵衛様がおさえて、続きを促すようあたしを見つめた。
僅かに視線を下げる。


「秀吉様の右には友である半兵衛様、左には力である三成さんがいます。そして三成さんの右にも友である刑部さん、力となる左近くんがいるでしょう。豊臣の未来は既にそこにあります。あたしの手には、己の未来しか在りません。

半兵衛様、恩を仇で返すことになってしまって、本当にごめんなさい。だけどあたしは豊臣には戻りません。
あたしは黒田軍の人間です。官兵衛さんと婚儀を交わしました。もう竹中鈴ではありません、黒田鈴なんです。

だからごめんなさい。……ごめんなさい、半兵衛様」


官兵衛さんがあたしの前に立つ。もういい、と。そう言うように。
目を丸く見開いた半兵衛様は、額に手を当てて首を左右に振ると、深い溜息を吐き出した。呆れている、ようだった。

「そうか」とただ一言告げられた言葉に、あたしは瞼をおろす。

結局豊臣の人たちは帰っていった。
耳の奥にこびり付いてしまった、半兵衛様の「そうか」の声と、三成さんが叫ぶ声。耳をふさいでいたら、官兵衛さんがあたしの頭を撫でた。


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