ギイ、と何かが軋む音で薄ぼんやりとした意識が戻ってきた。戻ってきても、はっきりとはしない。
どうやらわたしはなにか柔らかい物の上に寝ころんでいるらしい。適度な高さと柔らかさの枕は、いつも肩こりに悩まされていたわたしの薄っぺらい枕とは違う。かけられている布団も、あの肌触りの良い毛布ではなく羽のように軽い、けれど暖かな物だった。どうやらわたしは、布団の中に入っているようだった。
――いつの間に寝ちゃったんだろう。
眠りにつくまでの記憶を辿ってみるけれど、コンビニで夜食のスイーツを買って家に戻ろうとしていたところまでしか思い出せない。今月の電気代ちゃんと払ったっけ。……うん多分払った。それは大丈夫だ。

そこまで考えたところで、ようやく視界がはっきりとしてきた。
視線を周囲に向ける。真っ白な天井と壁。自分が寝ているのはベッドだった。どうやらどこかの部屋らしいことはわかるけれど、確実にわたしの部屋ではない。わたしの部屋にベッドは無いので。
ベッドの横に小さなテーブルがある以外には、この部屋に家具らしい家具は見あたらなかった。寝るためだけの部屋、といったところだ。

そういえばさっきの何かが軋む音はなんだったのだろう。ベッドのスプリングにも思えるから、わたしが寝返りをうったせいで鳴った音だったのかもしれない。
この部屋には、わたし以外の人はいない。
誘拐でもされたんだろうか。漠然と考えながら身体を起こし、布団を捲る。

「……ウワァ……」

思わず、いかにもドン引いてます〜な声が出た。わたしの足首に、それはそれは頑丈そうな鉄枷がつけられていたからだ。こんなのどこに売ってたんだろう。
鉄枷にはこれまた太い鎖が繋げられている。とりあえず、とややふらつく頭を叱咤してベッドから降り、唯一室外へと続いているのだろうと思われる扉まで歩いてみれば、その鎖はぎりぎり扉に手が届かない長さだった。
頭をぶつける覚悟で身体を倒せば届くかもしれない、がそこまで試す元気も無い。
部屋には窓も無く、白熱電球の照明だけが煌々とわたしを照らしている。壁も天井も真っ白なせいで、どうにも目に痛い明かりだった。
ふと気になって見てみれば、ベッドだけはわたしの好きな空色だった。真っ白な世界にぽつんと置かれている空色からは、妙な毒々しさを感じる。

「……」

外に出ることが出来ないのなら仕方ない。わたしはベッドの縁に腰をかけ、枷のはめられた両足を揺らしながらぼんやりとする。
じゃらじゃら、鎖が音を立てる。壁紙の白、ベッドの空色、鎖の黒。この部屋は異様に色が少ない。気付いてみればわたしの着ている服も、白のワンピースになっていた。嫌いじゃないデザインだけれど、こういうのは自分が着るよりも人が着ているのを見ていたい。

そのまま何が起こるでもなく、誰かが現れるでもなく、時間だけが過ぎていった。
誘拐からの監禁だとしても、ここまで何も起きないと退屈になってくる。今頃わたしの家族に身代金を請求する電話がかかっているのだろうか。
それが無ければ、わたしが誘拐されただなんて誰も気が付きはしないだろう。大学は休学中。バイトは一ヶ月前にやめた。貯めに貯めた給料で自堕落なニートライフを送っていたわたしに、頻繁に遊ぶような友だちもいない。数日間呟かなければ、ツイッターでくらいは誰か気にしてくれるかもしれないけれど。

なんてちょっと悲観的なものをしていれば、唐突に部屋の扉が開いた。開く前にがちゃ、と音が聞こえたから、きっと鍵がかかっていたんだろう。外からは鍵がかけられるのに、中からは開けることも閉めることもできない扉。まるで監禁するための部屋だ。

「目を覚ましたか」
「……わあお」

目前でわたしを見下ろすのは、銀色の髪の毛が綺麗な、見目の整った男性だった。
格好いいと綺麗の中間辺りで、清潔感もある。肌は病的なまでに真っ白で、体つきは細い割にしっかりとしているのに、どこか庇護欲をかられるような人だ。そして目つきがめっちゃ悪い。あと前髪の形がなんか変だ。あれ、ワックスで固めてるんだろうか。

つい感嘆の声をあげてしまったわたしに、男性は怪訝そうに眉根を寄せる。
が、それも一瞬のことで、気が付けばわたしはその男性に抱き締められていた。愛しげに何度も名前を呼ばれ、ようやく手に入れた、永劫に私のものだ、なんて夢うつつのように繰り返している。

「ええと……あの、あなたは……、」
「……私は石田三成。ともこ、貴様が生涯添い遂げる男だ……」
「…………」

さ、さいですか……とは思ったが、とりあえず言わないでおいた。
本来なら恐怖やらなんやらを感じるべきだろう場面で、わたしはなんとも言えない気持ちのまま、遠い目をする。わたしを抱き締める石田さんとやらから感じる熱っぽい体温に、鳥肌を立たせながら。

こんな官能小説みたいなこと、現実に起きるんだなあ……。
それがわたしの、今、唯一思い浮かべうる感想だった。


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