――枷を取り払い、裸足で部屋を飛び出した。

薄手のワンピース一枚だけで外に出るのは自殺行為にも思えたが、いつあの人が帰ってくるかもわからない。もたもたしている余裕は無かった。
足の裏が痛むのもなりふり構わず、マンションを出る。周囲を見渡し、幸いにも友人の住むマンションがある地域だということはわかった。うっすらと見覚えがあったからだ。
とりあえず見知った建物の見える方角へと走りだし、友人のマンションを探す。さがす。足の裏がじくじくと痛みだし涙がにじんできた頃、わたしはそれを見つけた。
友人が出掛けているかもしれないなんて可能性は、まったく考えていなかった。わたしはマンションに飛び込み、なかなか言うことを聞いてくれない指先で彼の住む部屋の番号を押す。間の抜けたインターフォンの音も、わたしを焦らすだけだった。

「Ah?……ともこじゃねえか。何だそのかっこ、」
「ごめんいいから早く開けて!お願い!」
「……」

良かった、いてくれた。そんな安堵を抱く暇もなく、彼を急かす。マイクの向こうからは怪訝そうな気配を感じたけれど、数瞬の間のあとエントランスの自動ドアが開いた。ありがとうと告げてそれをくぐり、真っ直ぐエレベーターへと入り込む。迷いもせず最上階のボタンを押して、やっと、ようやく一息付けた。
どくどくと五月蠅い心臓を必死におさえ、深呼吸を繰り返す。エレベーターはあっという間に最上階へと辿り着き、わたしはほとんど倒れるようにその箱から出た。

「おま……何があったんだよ」
「、政宗……」

わたしがあまりにもおかしかったからか、友人である政宗はエレベーターホールまでわたしを迎えに来てくれていた。ふらつくわたしを抱きとめてくれた政宗が、薄手の白いワンピースに裸足、というわたしの格好を見て眉間に皺を寄せる。このワンピースがわたしの趣味じゃないことくらい、政宗なら容易に理解してくれるだろう。

「……とりあえず、俺の部屋に来い」

頷くと同時に、政宗はわたしを抱え上げた。子供にするような抱っこの仕方だったけれど、それを咎めるような余裕はない。久しぶりに感じるあの人以外の体温に、凍り付いた全身がゆるやかに溶けていくような気がした。……あったかい。

「もう一度訊くが……何があった?二週間以上連絡取れねえし、ツイッターにもいねえし……心配してたんだぜ」

政宗の自室へと辿り着き、ソファの上におろされる。消毒液と絆創膏で手早く足裏の処置をしてくれた政宗に、さすが喧嘩慣れしてるだけはあるなとようやく落ち着いてきた思考で考えていれば、こつんと額を叩かれた。
わたしをじっと睨み付ける隻眼はとても真剣だ。この格好の説明が嘘を交えて出来る気もしなかったので、わたしは小さな溜息のあとおずおずと口を開く。

「監禁されてた」
「……っはあ!?誰に」
「石田三成って人」

意図せず唇を尖らせてしまいながら告げれば、政宗の表情が歪んだ。あの人のことを知ってるんだろうか、と思案したところで、あの人と政宗の学部が同じであることを思い出した。ならば知っていても不思議ではない。
政宗はわたしの身体を、上から下までじっと見つめる。いつもならそんな見つめられると照れるじゃんなんて茶化すところだが、もちろんそんな元気はなかった。
そして政宗の視線は、足首の痣で留まる。

「ともこ、お前……これ、」
「あー……枷?つけられてたから。痣、治るかなあ」
「枷……って、」

いつもならすぐに勢いよく立ち上がり、「party(喧嘩)の始まりだぜ!」と走り去っていくような政宗も、思わず顔を真っ青にしてドン引いていた。うん、わかるよその気持ち。わたしも終始ドン引きしっぱなしだった。

「policeには届けねえのか」
「……後が怖いし、やめとく」

それが駄目な思考だってのはもちろんわかっていた。けれど、あの人が警察に捕まったからって諦めるような人にも思えない。捕まってる間、わたしはきっと平和だろう。だけど、あの人が刑務所から出てきたら?……そんな時間制限付きの平和なんて、わたしは欲しくない。
政宗もわたしの考えを理解してくれたらしい。それ以上は追求してこず、足首に湿布と包帯を巻いてくれた。

「とりあえず、県外に引っ越そうと思う。当面の資金はあるし。……大学も辞める。新しい住所は誰にも教えない。家族にも、誰にも……政宗にも」
「……そうか」
「政宗を信用してないわけじゃないけど、どこからバレるかわかんないしね。……ごめん」

謝ることじゃねえよと頭を撫でてくれる手が、今はありがたかった。
出来ることなら何でも力になると、そう言ってくれる言葉が嬉しかった。

「あと、最後にもう一つだけ言っておく」
「……?」

疑問符を浮かべるわたしに、政宗はひどく悲しそうな笑みを見せた。前髪が揺れ、彼の眼帯を隠す。

「俺は何があってもともこの味方だ。もし引っ越し先に石田が現れたら、すぐに言え。俺が退治してやる。……You see?」
「I see……わかったよ」

思わず漏れた笑みと共に、政宗へ頷き返す。
わたしは分かっていた。例えあの人が再び私の前に現れようと、政宗を頼ることは無いだろうと。そしてきっと、政宗もそれを知っていた。


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