引っ越しも終えた頃。わたしは相変わらず白いワンピースをまとっている。けれどワンピースの上には薄紫のカーディガンを羽織り、足下に枷は無い。残るのはうすらとした痣だけだ。
わたしは大学を辞め、本格的にニートとなった。石田さんがわたし単独での外出を泣き叫ぶほどに拒むのだから仕方ない。数年後には専業主婦という職につけることを願う。
ひとまずの変化は、これくらいだろうか。

石田さんは相も変わらず毎日きちんと大学へ行っている。
その間、本や漫画をむさぼり自堕落に生きていたわたしは、今は洗濯や掃除、料理に勤しんでいた。と言っても石田さんの部屋は無駄に片付いているので掃除はほとんどし甲斐が無い。あの人綺麗好きみたいだし。
わたしが料理をすると言ったときの石田さんは、それはそれは面白かった。訂正、ひどかった。
ともこに包丁を持たせるわけには、火に近付けるわけには、なんて、わたしを一体何歳だと思っているんだろうかあの人は。
それでも頑なにわたしが料理をすると譲らなかったのは、ひとえにあの愛情(意味深)入りご飯を食べたくなかったからだ。毎食に白濁のアレが入っていると知った時にはとりあえずトイレで一回吐いた。こっそり吐いた。何で気付かなかったのだわたしよ、と過去の自分を殴りたい気持ちでいっぱいである。主に腹部を重点的に。
まあなんだかんだで石田さんを論破し、家事全般はわたしに任されることとなった。石田さんの盲目さには感謝すべきかもしれないと時折思う。あの盲目っぷりが無ければわたしは何も出来なかっただろう。


こうやって普通に生活をしていれば、日付感覚も戻ってくる。わたしが石田さんに監禁されてから、もう一ヶ月も経っていた。今となっては早いものだと思うが、やっぱりまだそれだけしか経っていないのかという気持ちもある。
あの部屋から出られない日々は、何十年にも感じるほどに長かった。……ごめんそれはちょっと誇張しすぎた。

しかしそれらもいまとなってはどうでもいい。
太陽の眩しさや空の青さが愛おしい。ベッドの空色も好きだけれど、わたしは本物の青空が一番好きだというのを再実感した。
あの空の下を歩けるのなら、隣に並ぶのが石田さんでも問題ない。わたしはなにも、きにしない。


「ともこ」
「おかえりなさい、三成さん」

大学から帰ってきた石田さんは、必ずわたしに口付けを落とす。赦されたと思えばセーブするつもりがないのがこの人だ。唇をはみ、舌を絡め、歯列をなぞる。毎度毎度こうもディープなキスをされていたらたまったもんじゃない。

「私がいなくて寂しかったか?」
「今は三成さんがいてくれるから平気ですよ」

にこりと笑えば、石田さんも口角を上げて再び私に口付ける。
ほんとうにかんたんなひとだとおもう。

「ともこ……」

熱に浮かされた、興奮しきった眼差しで、石田さんがわたしの背筋を撫でた。わたしは拒まない。背筋を撫でる掌は次第に下降していき、やわやわとお尻を揉み始めた。
こんな所でおっぱじめる気なのかこの人は、とひっそり眉を顰め、わたしは背伸びをして石田さんの耳に唇を寄せる。

「その、……ベッドが良いです」
「……良いのか?」
「三成さんなら、勿論」

石田さんは感極まったような表情でわたしを抱き締め、身体を抱え上げる。そのまま急ぎ足でリビングを突っ切り、あの部屋の扉を乱暴に開けた。
空色のベッドにそっとおろされ、また噛み付くような口付けが降ってくる。何度も、何度も。わたしの名前と愛を飽きるくらいに囁きながら。

ワンピースもカーディガンもあっという間に脱がされ、石田さんは痣の残るわたしの足首に口付けた。丹念に痣を癒すかのように舐められれば、なんとも言えない気持ちになってくる。けっしていいものではない。
そして幸せそうに、嬉しそうに、石田さんはわたしを抱きすくめるのだ。興奮しきったそれをわたしの太ももに押しつけながら。

「愛している、ともこ」
「わたしも、愛してます。三成さん」

わたしにはわからないことだらけだ。自分の本音も見えやしない。きっとわたしは、自分に嘘をつきすぎた。
だけど一つだけ分かることがある。石田さんの望むもの、石田さんが望むわたし。それだけは理解できる。だからわたしは、それが自分の本音なのだと、石田さんが作り出したわたしの虚像にわたしを重ねる。

わたしは、自分がとっくに壊れてることなんて、知ろうともしない。


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