眼下には土下座する石田さんの姿。どうやらわたしを疑ったことをひどく悔いているようだったが、疑いも何もほとんど真実なのでわたしは何も言えないでいた。
だけど、これはやっぱりチャンスなのだと、わたしは思っていた。神様とは存外にも優しいものらしい。こんなにもわたしにチャンスを与えてくれる。ずっとずっと耐え続けていたご褒美だろうか。ならばわたしは、このチャンスをふいにしてはいけない。選択肢を、間違えてはいけない。

「顔を上げてください、三成さん」
「……っ、ともこ……」

一度椅子へと戻ったのに、結局わたしはまた石田さんの前へとしゃがみこんでいた。両膝を地面につき、石田さんの手に触れる。熱っぽい石田さんの瞳に、わたしが映りこむ。

「わたしはここでの生活が好きです。三成さんと眠る夜も好きです。だから逃げたりなんてしません」
「ーっすまない、私は、私は……!」
「……いいんです。わたしは今まで、そう疑われても仕方のない態度をとってました。……ごめんなさい」
「ともこが謝る事ではない!!なぜ、何故謝る!?私を詰れ、責めてくれ!そうしてくれなければ、私は……っ」

両腕に縋り付かれ、思わず顔が引き攣りそうになるのを必死におさえる。
この人はやっぱり面白い人だなあという思考を脳内いっぱいに溜め、他の思考を排除した。わたしも随分と、自分に嘘を吐くのが上手くなってきたと思う。

「三成さんは、わたしに申し訳ないと思いますか?」
「当然だ……私は、ともこを裏切ったのだから……」
「なら、この枷を外して、わたしを外へ連れて行ってください」

子供に言い聞かすよう、ゆっくりと告げた。石田さんは涙の溢れる目をこれでもかと見開き、わたしに向ける。
それは絶望の表情にも見えて、つい笑みが漏れた。サディストの気は無かったつもりなのだけど、どうにもこの人のこの表情には、加虐心が煽られる気がする。もっとその表情を見たいという感情は少なからずあったのだけど、面倒事になるのは好ましくない。わたしはゆっくり、再度口を開いた。

「前の部屋の引き払いと、必要な家具をこっちに持ってきたいんです。それに、三成さんと出かけてみたい」

数秒、わたしの言葉を飲み込み、咀嚼していた石田さんは、ぽろりと最後の涙をこぼした。次の瞬間には顔が真っ赤に染まり、私の両腕を掴む手に力がこもる。
ともこ、ともこ、と数回夢うつつのように名前を呼ばれ、わたしはその全てに律儀に返事をしてやった。

石田さんがわたしに顔を近付けてくる。が、ぎりぎりのところで留まり、不安げな表情でわたしの瞳を窺った。勢いのままに口付けようとしたところで、我に返ったらしい。案外、理性が仕事をしている人である。他の仕事すべき場面では放棄していることが多いけれど。
とりあえずの逡巡の後、にこりと笑みを浮かべ、わたしから口付けてやった。それくらいの事は出来る程度に、わたしは綺麗な人間ではなかった。

「っ……、ともこ……!ともこ、ともこ……っ!」

そうすれば、よしと言われた犬のように、石田さんは何度も何度もわたしの唇に噛み付いてくる。
さて、わたしはこの人の手綱を握れたのか、それとも逆に、わたしが絆されてしまったのだろうか。
今のところ、鳥肌は立っていない。

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