ぱんぱんになるまで膨らんだ風船に、更に空気を入れればどうなるだろうか。
もちろん風船は弾け、ただの欠片になるだろう。
ならば縁のぎりぎりまで水を注いだコップに、更に水を注げばどうなるだろうか。
やっぱり水は零れてしまうだろう。コップが砕けることは無いけれど。

果たしてわたしの心は風船なのか、コップなのか。どっちなんだろう。


 *


こう言うのもなんだが、石田さんは面白いくらいに「愛している」とわたしに囁いてくる。何度も何度も、耳にタコができてしまうほどに。
「愛している」「ともこは私の物だ」「永劫に、添い従え」えとせとら。あの人にとって、愛とは与えるものなのだろうか。それとも奪うものなのだろうか。わたしには分からない。

友だちや家族と連絡をとることも出来ず、空を拝むこともなく、もう何日が過ぎたことだろう。ずっと部屋に篭もりっぱなしだと、日付感覚も無くなってくる。窓のない部屋で暮らしているのだから、時間感覚はとうの昔になくなった。

なんとなく、自分の中で次第にやる気だとか元気だとか、そういうものが無くなっていくのを感じている。
怒ったり泣いたり、そういうことをする気にならない。笑うことも勿論だ。今お笑い番組を見たらわたしはどんな反応をするのだろう。ひたすら真顔で、テレビと見つめ合っているのだろうか。それともやっぱり、笑えるのだろうか。


いっそ石田さんから与えられる愛情を、存分に受け止めてしまえばわたしは幸せになるのだろうかと考える。
イケメンだし、情緒不安定だけど基本的には優しいし、わたしに甘いし、きっとわたしは平和に過ごせるだろう。働かなくて良いっていうのはとても魅力的だ。
わたしが石田さんを受け入れてしまえば、空を見ることも出来るだろうか。窓のある部屋で生きることが出来るだろうか。
見るだけでなく、空の下を歩くことも、出来るのか。

石田さんを受け入れることは、存外簡単に思えた。
だってわたしはここまで耐えてきたのだから。今までのことに、口付けとセックスが増えるだけだ。それは大した違いに思えない。今更そんなもの、大切にするようなものでもない。

だけどわたしは、石田さんに笑みを向け、愛してるよなんて言うことが出来るのだろうか。
口付けは受けられるだろう。セックスも出来ると思う。
だけどあの人に笑顔で愛を囁くなんてことは、やってみないとわからなかった。やってみようとも思わなかった。

それとも一か八か、逃げてみればいいのか。
でもそんなチャンスは無い。逃げた先で頼ることの出来る友人はとりあえず浮かぶけれど、この枷を壊せはしない。もちろん、助けを呼ぶこともできない。
わたしはこのマンションだろう建物が、どこに建っているのかも知らないのだし。……まあ同じ大学に通っているのだから、きっと近場ではあるはずなんだけど。


「ともこ」

最近、本当にたまに、この人はとても不安そうな顔でわたしを見つめてくる。
まるで捨てられた子犬のようだという感想しか抱けないその表情は、わたしを責めているようにも見えた。そんな道理は無いのに。

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