ここでの生活も随分と慣れてしまったけれど、どうしてもひとつだけ困っていることがあった。いや正確に言うのならば困っていることだらけなのだが、とにかくこのひとつだけはわたしに最も身近かつ重要で早急にどうにかしなければいけない問題なのだ。

何かって言うと、石田さんが大学行ってる間トイレ行けない。

「うひぃ……トイレ、トイレ行きたい、あの人まだ帰ってこないの……」

当然だが、この部屋にはトイレがついていない。そして勿論、石田さんが大学に行っている間、わたしの足枷は厳重に鎖に繋がれ、部屋の鍵も閉まっている。
トイレの場所は知っているが何の意味も無かった。ここから出られないのだから。
石田さんがいるときはトイレに行きたいと言えば連れてってくれるので問題ない。まああの人はわたしの排尿タイムまで見たがるので問題はあるのだけど、決死の説得によりそれだけはなんとか免れたのでオッケーだ。トイレの扉の向こうに彼がべったり貼り付いていることは知っているがもうどうでもいい。
しかし、石田さんがいなければトイレに行くことはおろか、この部屋から出ることも出来ない。
きっと「石田さんが大学に行っている間、トイレに行けないんですけど」と言えばどうにかしてくれるだろう。しかし解決案が簡易トイレを設置する、しか浮かばなくて言い出せなかった。簡易トイレで用を足す屈辱はいつぞやかに入院をしたあの時だけで充分だ。
それにあのぶっ飛んだ人の事だから、わたしが用を足したあとの物をどうするかわかったもんじゃない。まさか飲んだり食べたりはしないだろう、と思いたい、けれど。藪は突かない方が良い。

「うううもうトイレ……!めっちゃトイレ行きたい」

トイレに行きたいのにいけない時は独り言が多くなる。部屋の中を無意味に歩き回る度に、じゃらじゃらと足下の鎖が鳴るのが今日は一段と鬱陶しい。
朝トイレに行っておけば、だいたいの場合石田さんが帰ってくるまでトイレを我慢することが出来るのだけど、今日は飲み物をとりすぎたようだ。だって久々に何も入っていない純粋な野菜ジュースだったんだもの。美味しかったよ野菜ジュース。

「石田さん早く帰ってこいよおおお」

もういっそ漏らしてしまおうか。ぶっ飛んでるあの人のことだ、ある意味喜ぶんじゃないか。
そんな素っ頓狂なことを考えもする、がもちろんわたしのプライドが許さないので漏らしはしない。漏らしたら多分泣く。

部屋の真ん中辺りで踞り、ほとんど泣いてるような状態で帰ってこない石田を呪う。もうさんも付けてやらないくらいにわたしの怒りはマックスだ。今ならこの部屋燃やせる。
猛烈な尿意で訳の分からない思考になっていると、扉の向こうに人の気配を感じた。
石田さん帰ってきた!?帰ってきた!!とわたしが顔を上げ立ち上がったのとほぼ同時に、石田さんがこの部屋の鍵と扉を開けた。

「ともこ、」
「石田さあんおかえりなさい!じゃなくてトイレ連れてってくださあい!」
「っ……!?」

思わずタックルまがいな勢いで石田さんに飛びつき、早く早くハリアップ!と彼を急かす。わたしの熱烈すぎる歓迎に虚をつかれたのか、石田さんは目を白黒させてわたしを見下げていた。どうでもいいから早くトイレ!

「ともこ……そんなに寂しかったのか。すまない、詫びと言ってはなんだが、明日は一日中ともこの傍にいよう。約束する」
「いやそうじゃなくてトイレ……!」
「貴様を寂しがらせるなど、私はともこの恋人失格だ……本当に申し訳ない。今日はともこの好きなシチューを作ろう、いくらでも食べるといい」
「いやだから石田さんトイレ……!」
「っわ、私をトイレ、だと……!?いや、ともこがそう言うのなら無論私はいつでもともこの為トイレとなろう。さあ私に跨るといい」

「そうじゃなくてトイレ連れてってくださいっつってんの!!」

パンツをおろそうとしてくる石田さんの頭を、思わずスッパァンと小気味よい音を立てながらはたいてしまった。あ、と思った瞬間には石田さんがこっちをきょとん顔で見上げている。やっべ。……やべえ。
滝のように冷や汗が流れていくのを感じる。実際には流れてないのでイメージ図でお送りしているのだけど、顔は真っ青である。心なしか体温も二度くらい下がった気がする。

「……ともこ、」
「ハイ……すみません調子乗りました」

しかし意外にも石田さんは、どこか機嫌が良さそうにわたしの紐パンに手をかけた。……おい手をかけんな。紐を解こうとすんな。

「何故謝る必要がある?ともこがこんなにも私に打ち解けてくれたのだ。私は怒ってなどいない」
「……お、おおう……」
「トイレに行きたいのだったな。すぐに鍵を外そう」
「お、お願いします」

この人、まじでよくわからない……。

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