「家康、何を見ても絶対大きな声を出したり、大袈裟に動いたりしないでね」

マンションのエントランスに立つ家康に、インターフォン越しに話しかける。家康は何がなにやらといった表情で、しかし頷いた。

家康が私の部屋に辿り着くまで、あと少しの時間がある。
その間に、このひっつき虫のような大きな子供をどうにかしなければいけない。
私の腰に腕を絡めて離れない三成を見上げ、ひんやりとした頬をやんわりと撫でた。

「三成、よく聞いて。今からここに、私の友だちが来る。その人はあなたの事を知っているから少し驚くかもしれないけれど、怯える必要は無いから」
「……、」

むくれているような、不安そうな、どちらともつかない表情で、三成は黙りのまま頷いた。
それに笑みを浮かべ、良い子だね、と頭を撫でる。
三成は僅かに身を屈め、私の頬と自身の頬をくっつけた。すり、と身を寄せて、腕の力を増す。

本当に甘えただなあ、と思ったところで再度インターフォンが鳴った。

「三成はソファに座っていて」
「……わかった」

渋々離れていく三成の視線を背中に感じながら、玄関の扉を開く。
大きな袋を二つ提げた家康が、曖昧な笑顔で私を見下ろした。

「遅くなってすまない」
「ううん、大丈夫。ありがとう、入って」

少し身を退けば、慣れたように家康は靴を脱ぎ、私の部屋へとあがる。

「一体何があったんだ?急に男物の服と下着を買ってきて欲しい、だなんて。それに歯ブラシやらクロックスやら……」
「……多分、部屋に入ればわかると思う」
「部屋……?」

私から目線を外し、部屋へと顔を向けた家康の手から、袋が落ちた。
どさっ、と思いの外大きな音が鳴って、ソファに座る三成が僅かに震える。その目は真っ直ぐ、私と家康を映していて、その感情までは推し量れなかった。

「佐羽、……ワシは、夢でも見ているのか……?」
「残念ながら現実だよ」

家康が落とした袋を拾い上げ、ベッドの上に乱雑に置く。
その中から下着とジャージのズボンを引っ張り出してタグを切り離すと、興味深そうにこっちを見ていた三成の手を引いた。相変わらず、彼の下半身はバスタオルに包まれたままだ。

「じゃあ家康、ソファに座って、少し待ってて」
「え、あ、ああ……」
「三成はこっちにおいで」

大人しく私に手を引かれる三成を洗面所まで連れて行き、家康が買ってきてくれたボクサーパンツを手渡す。
履き方を教えれば三成は存外ささっとそれを履いてくれたので、ジャージも渡した。
これで問題は無いだろう。やっと人心地つけた気がする。
また三成の手を引き部屋へと戻れば、家康が居心地悪そうに立ち竦んだまま私へと視線を向けた。……正確には、私の後ろにいる三成へ。

「三成、なの……か」
「うん、三成だよ」

三成と家康にソファへ座るよう告げ、私は台所に行き三人分の緑茶を用意する。
外は寒かっただろうから、と温かい緑茶を煎れ終えて、私は二人が座るソファの斜め前、座布団の上に腰を下ろした。

三成と家康。二人が並んでソファに座っている光景は、なかなか違和感がある。
けれど元はこんな関係、みたいなものだったのだし、後の記憶の方が強いとはいえそこまでおかしな光景でも無いんだろう。二人とも居心地が悪そうだが。
各々の前に緑茶の入ったカップを置き、不安げに揺れる三成の瞳に笑みを向けてから、家康へと視線を上げた。

けれど現状を伝えようとした私を遮ったのはその家康で、数回言葉を噛んでから、家康はじっくりと三成を眺める。
そうして今度はしっかりと、言葉を紡いだ。

「……三成も、ワシらと同じ…なのか?」

家康の言葉に、私はくすくすと笑う。
きょとんと私を見下げてくる三成が、また余計に私の笑いを誘った。

「違うって、わかってて訊いてるでしょ?」

もしも三成が、私や家康と同じなら。前世の記憶を持ったまま、転生していたとするのなら。
この場で不安そうにはしていても大人しい三成、なんて存在し得ないことくらい、頭の良い家康ならわかっているはずだ。
関ヶ原がどのような決着で終わったのか、私は知らない。家康なら知っているはずだけれど、今まで訊こうとも思わなかった。
だけどどのような結末であったとしても、三成は何度転生を繰り返そうと、家康への恨みを絶やすことはないだろう。
ここにいる三成が私たちと同じなら、家康を目にした瞬間、彼に殴りかかっているはずだ。それとも台所から包丁を手に取り、斬りかかるだろうか。

「そう、だよな……。じゃあ、この三成は、」
「……昨日、……日付的には今日だけど。夜、拾ったの。甲冑を着て、血塗れで倒れてた。私の推測で言うなら、関ヶ原が終わった直後に飛ばされたんじゃない?」
「そんな、ことが……」
「更に悪い報せがあるけど、聞く?」

次第に極度の居心地の悪さに耐えられなくなったのか、ソファから降りて私の隣にひっついた三成をあやしながら、問いかける。
相変わらずすぐに悪い顔をする、とでも言いたげな家康は、それよりも三成の行動が理解できなかったらしく目を剥いていた。じっと私たちを見下げ、小さく頷く。

「この三成、中身が六歳なの。しかもただの精神退行とはちょっと違うみたい。すぐ泣くし、すぐ喜ぶし。ご覧の通り、ひっつき虫なのよね」

家康が息をのむ。
刷り込み、って知ってる?との問いかけにはもう頷くことすら出来なくて、ただ、私にひっつく三成を見つめていた。
何を考えているのか、察せなくもない。家康と私は、自分たちが認識している以上に、似たもの同士だから。
……だけどそんなことをするのは、野暮ってものだ。
私はいったん、考え込んでいる家康から意識を逸らし、三成に向ける。

「佐羽は、私が佐羽にくっつくのが、嫌なのか?すぐ泣くわたしは、きらい、か?」
「そんなことないよ、大丈夫」

じわりと涙が滲み出した三成の目尻を拭い、微笑みかける。
それだけですぐに笑顔が戻るのだから、ああ、本当に簡単だと思った。

私の贖罪が、こんなにも簡単であっていいはずがないのに。


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