一人で風呂に入るくらいは出来るだろうと思ったので、粗方の血を流し終えたあとはシャワーや石鹸類の使い方を教え、私は風呂場を後にしようとした。
甲冑や自分のダウンのこともある。洗濯しちゃっても大丈夫だろうか、ダウンジャケット。
そう考えていた私を引き留めたのは、濡れた三成の手だった。

「どうしたの」
「ひ、一人は、いやだ」

もう何度目かわからない頭痛が、私を襲う。
ぐずる三成は風呂に入っていたのだから勿論、全裸だ。それなりに成熟した男が、全裸で、一人は嫌だと女に縋る。……ウワァと顔を顰めたくなるのも必然である。

けれど目の前にいるのは、中身は、なにもわからない小さな子供なのだ。
ならば仕方ない。右も左もわからぬ子供を放置して、気付かないうちに死なれても夢見が悪い。三成、祟りそうだし。

「わかったから、ちょっとだけ離して」
「……わたしを置いて、いかない、か?」
「いかないから。どこにもいかない。私は三成のそばにいる。…ね?」

わかった、と渋々頷いて、三成は私から手を離した。
その隙にいったん風呂場から出て、着ていた服を全て脱ぎ、戻る。どうせ濡れるのだから、いっそ私も風呂に入ってしまった方が早い。
相手がこれなのだから、別段恥ずかしがる必要も無いのだし。
三成自身も、私が服を脱いだことに関しては特に何も思っていないようで、ただ「私と一緒にいてくれる」ということだけを喜んでいた。簡単な奴だと思う。

「じゃあ髪洗うから、背中向けて。ちょっと上向いて」
「わかった」

シャワーで三成の髪を濡らしていきながら、ぼんやりと浮かんだ思考に苦笑する。
これは端から見れば、なかなかに愛情溢れる恋人同士の関係だ。一緒にお風呂に入って、洗いあっこ……はしてないけれど。
ただし私にしてみれば、弟か自分の子供と風呂に入っているようなもんだ。恋人同士のような愛情なんて微塵もありはしない。微塵も。

「はい、終わり。目開けていいよ」

ぎゅっと瞑っていた瞼を押し上げた三成が、ぱちぱちと睫毛についた水滴を払う。
そんな三成に、濡らしてボディソープを垂らしたスポンジを渡し「これで身体を洗うの」と教えてから、私もボディタオルで身体を洗い始めた。
背中を洗うのに苦戦している三成を手伝ってやれば、三成も私の背中を洗ってくれる。
これで見た目が中身相応だったら、微笑ましいものなのだけど。と、やや強すぎた三成の力に、シャワーで泡を流しながら己の背中をさすった。

三成を湯船につっこみ、百数えるまで出てはいけないと伝え、私は髪を洗う。
さっきの三成には上を向かせて髪を洗ったが、私は下を向いて髪を洗う派だった。上を向いて洗うとどうにも腕が疲れる。
わしゃわしゃと髪の毛でシャンプーを泡立たせていたら、不意になにかが手に触れた。

「……なに?」

極力優しげな声を出すよう尽力しつつ、三成を窺う。
私が反応するとは思っていなかったのか、三成はほんの少し驚いて、そして怯えたような顔で、謝罪の言葉を口にした。責めたつもりはないのだけど。

「怒ってないよ。どうしたの?」
「きれいな、手だと、思ったのだ」
「……綺麗?私の手が?」

ああ、と頷いて、三成は泡にまみれた私の手を取った。
シャンプーの続きをさせてほしいのだけど、と思いつつ、そんな三成を見守る。三成は私の手から泡を払いのけて、ゆるゆるとそれを撫で続けた。
湯船につかっているくせに、いやに冷え切った掌だった。


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