最初にそれを目にしたときには、思わず、ひっと喉の奥で叫び声をあげてしまった。

時間は魑魅魍魎が跳梁跋扈する丑三つ時である。
ジャージにダウンを羽織って、財布と鍵だけを手に健サンでコンビニに行った私は、今週のジャンプとカフェオレ、朝に食べようとサラダ、そしてカートンの煙草を購入し、帰路についていたところだった。

私の住んでいる地域は、この時間にもなると恐ろしいくらいに静まりかえる。
コンビニ店員も暇そうに店の奥へと引っ込んでいて、道を歩く人なんて一人もいやしない。
住んでいるマンションからコンビニまで徒歩十分の距離で、誰かとすれ違ったことなんて数えるくらいしかなかった。
そこまで田舎、というわけでもないけれど、それなりに閑散とした地域だ。


そんな帰り道。
私は、人が倒れているのを見つけてしまった。
ぽつぽつと一定間隔に置かれている外灯に照らされて、それは、一瞬ただのゴミのようにも思えた。
けれどすぐに血臭が鼻を突いて、前述の通り叫び声を漏らす。

確かにそれは、人だった。
人成らざる、人だった。

「……ありえない」

戦々恐々とそれに近付き、警察を呼ぶべきか、それよりもまず救急車を呼ぶべきか思案する。
でも、それに近付いたことで、私はそのどちらも実行できないと気が付いた。まず、私は今携帯を持っていなかったのもある。

「みつな、り……だ、」


ここらでひとつ、私の話をしておこうと思う。

私は平成という文字通りに平和が成っている時代で、普通に生きているフリーターだ。
フリーターと言いはしたものの今現在これといった職にはついていない。ほとんどニートみたいなものである。
それは去年の年末なんちゃら宝くじに見事当選した結果であり、まあそこまでの金額では無いのだけれど、慎ましやかに暮らしていれば一、二年は暮らせるだろうと思えるものだったわけで。
ちょうどバイト先にクビを切られたところだった私はこれ幸いと、ニート生活を始めたのだ。
ちなみにだが、無論性別は女である。

そして、こう言うとなんだか妙な話になってくるのだが、私には人と違うところがひとつだけあった。
見た目どうこうの話でも、性格云々の話でもない。
……私は、前世の記憶を持っている。
眉唾物の話だと思うが、そして私もこの記憶に関してはいっそ私の妄想であってくれた方が嬉しいのだが、どうやらそれは本当に、前世の記憶らしかった。

戦国時代に生き、いとも容易く死に絶えた。ただの女の記憶である。


目の前で倒れている男、私の記憶通りであるのならそれは、石田三成という男だった。
私がかの時代で命をとして守り、生かしたはずの男だ。
それが何故どうしてこんな瀕死の状態で、この現代にいるのかはわからない。わかるはずもない、私は彼よりも先に死んだのだから。

三成がもし、私とさして変わらぬ服装で倒れていたのなら、ああこいつも転生していたのか、ですむ話だった。
あとはそこら辺で電話でも何でも借りて、警察と救急車を呼べばいい話である。
蛇足しておくなら、私以外にも転生している者はいるのだし。

けれど私の足下でぴくりとも動かない三成は、甲冑を身に纏っていた。
見るのも懐かしい、今となっては違和感しか覚えない甲冑。そして恐らくは本物なのだろう、日本刀。……無名刀の白だったか。刀の名なんてはっきりと覚えてはいない。

理由も原理もわからないが、どうやらこの男は、私がかつて生きていたあの時代から、そのままぽんとこの時代に放り出されたようだった。
しゃがみ込み、顔にぺたりと貼り付いた前髪を払う。頬についた血を拭う。懐かしいにおいに鼻が曲がりそうだ。

「どう見ても三成、だよなあ」

まずこの現代において、地毛の銀髪だなんてそうそう見るはずがない。外国ならばいざ知らず、ここは日本だ。黒髪大国だ。私は生まれつきの茶髪だが。

「……持って帰るしかないか……」

よっこいせ、と年寄り臭いかけ声を小さくあげて、どうにかこうにか三成を背負う。
三成自身が怪我を負っているのか、返り血なのかはわからないが、ダウンに血が染みていくのがわかって顔を顰めた。このダウン、クリーニングから戻ってきたばかりなのに。
地面にもべとりと血が残っていたが、それまで気にしては居られない。
甲冑の重さも相まって、三成をおぶさった結果、私にかかる負荷は相当なものだったが、とにかく家に帰るしか今の私には選択肢がなかった。


三成が目を覚ましたとき、彼は私になんと言うだろう。
約束を違え、三成より先に死んでしまったことを詰られるだろうか。それともここが異なる時代だと気が付かず、私が生きていたことを喜ぶだろうか。

後者は無いな、と心中で呟き、私は人気のない夜道を歩いた。


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