「……とりあえず、離して欲しいんだけど」 暫くの追憶を終えて、三成を睨め上げる。 両手は顔の横でベッドに縫い止められ、跨られているのだからろくに動くことも出来やしない。 この三成には言いたいことも訊きたいことも山のようにあるだろう。それはわかるけれど、この体勢のままはあまり気分の良いものではない。 三成は私の視線を受け止め、数秒の間のあと両手だけを解放した。が、上からは退かない。暫くそのまま睨み合っていたが、結局私が折れた。まあいいけど、と軽く頭を掻く。 「何故、私を裏切った」 「裏切りたくて裏切ったわけじゃない。私だって、生きられるものなら生きたかった」 「ならばあの場に立たなければ良かっただろう。貴様は、……貴様は待っていれば、そうすれば」 「……私は兵だった。戦うためにあそこにいたの、待つのは私の仕事じゃない」 ならば何故死んだ。そう続けられ、この堂々巡りになりそうな会話はどこで打ち切れば良いのだろうと思考をほんの少し飛ばす。 それを察したのか三成が強い力で私の手をとった。手首を握りしめられ、眉根を寄せる。 あの時代の三成と、この時代の私とじゃ、力に差がありすぎる。 「私は、貴様に、生きていて欲しかったんだ……ッ」 震える声に、目を伏せた。 「私は貴方に、生きていてもらいたかった」 そもそも私が死んだ切っ掛けとなる弓矢は、三成に向かって射られたものだった。きっと避けることが出来ただろうに、体が勝手に動いたのだからしょうがない。 くだらない話だ。しょうもない話だ。こんなの今更ありふれた話すぎて、つまらない結末だろう。 だけど事実なんだから、仕方ない。 「私は三成との約束より、三成の命をとった。結果、貴方は生き残った。なのに何で三成は此処にいるの?どうして全部捨てたりしたの。今、三成は、貴方は現実を見ているの?」 沸々とわきあがってくる苛立ちは、栓をすることを知らないように私の中を満たしはじめる。 せっかく生きているのに、何でこの世界にやってきて、しかも全部忘れて。思い出したのなら自分のいるべき世界に早く戻るべきだ。 早く、私の前から消えるべきだ。 「……あやかしとなった貴様に、言われたくはない」 その言葉に、私の中を満たす怒りは弾けて消えた。 なるほど、と納得してしまう。三成にとって今この現状こそが、きっと夢なのだろう。死んだはずの私が、変な格好で、変な場所で横たわっている。そんな夢。 どうしようもなく、笑えた。くだらないと腹の底から思う。 そう、夢。全部夢だったらいい。三成が私の目の前にいるなんて、自分の生み出した幻だったなら。 いや、三成が夢だと思っている時点で、この世界は夢なんだ。 それならもう、どうでもいい。 「秀吉公も、半兵衛殿も、刑部も、家康も、私も死んだ。三成は独りきり、あの世界で生きていかなきゃいけない。それくらいは理解してるんでしょう?」 「黙れ、」 「私は事実を言っているだけよ、三成。もう三成に道を指し示してくれる人はいない。貴方が、その立場になってしまったんだから」 「黙れ、」 「秀吉公の描いた強き国を作るもよし、家康の望んだ平和な世を作るもよし、自由じゃない。三成の好きなように国を作ることが出来る。良かったね?」 「黙れ、違う、私はそんなものを望んでいたんじゃない……っ!」 「これからは日ノ本すべてをまとめる長として、三成は生きるの。幕府を作って、子を成して、国を先の世へと進めていく」 「違う、違う違う違う!私は、私は……」 体を起こし頭を抱えてしまった三成に、私も半身を持ち上げる。 まるで悪役の気分だと肩をすくめ、三成の体を引き寄せた。存外呆気なくそれは私の胸元へと埋まり、すっかり慣れてしまった手つきで三成の頭を撫でる。不満そうな声が聞こえてきたけれど、聞かなかったふりをした。 「私はもう死んでしまったから、最期に三成が進むべき道を示すことしかできない。三成が、嫌でもつらくても寂しくても、しっかり自分の脚で歩いて生きて、しわくちゃのお爺さんになってから老衰で死んでくれないと、私も形部も成仏できないわ」 そうしてずっと撫で続けていれば、三成の口から漏れる文句は消える。 元に戻っても結局子供じゃないと思いはするけれど、言ってあげない方がいいんだろう。 「お願い三成。自分の世界に帰って、生きて。それを、秀吉公も半兵衛殿も、刑部も私も望んでる」 「……佐羽、」 今までずっと、ひんやりと冷え切っていた三成の体は、ほのかに温かかった。 きっと今までの三成は、ほとんど亡骸も同然の存在だったんだろう。三成に生きる意志があるのなら、自然と身体も、あるべき場所に還るはず。 「それでも私は、佐羽と共に、在りたかった」 泣き縋るその言葉と行動は、慣れ親しんでしまったものだった。 手放したくないと思ってしまう程度には。 「三成がちゃんと生きてくれたなら、また会えるよ」 「本当か?」 「うん、本当。私は嘘を言わないもの」 「……そうか。二度目の裏切りは許さないぞ、佐羽」 「わかってる」 「佐羽、私は貴様を愛していた」 「私も多分、三成のこと好きだったよ」 ← → 戻 |