相も変わらず三成は元に戻らない。元の世界にも、帰らない。
私はどうすればいいというのだろう。このまま三成を、まっとうな人間に育て直せとでも?……無理な話だ。

真っ暗な部屋の中、ぼんやりと寝付けずに天井を見上げ続けていれば、視界も暗闇に慣れてくる。
眠れないのならベランダに出て煙草でも吸おうか。そう考えはするものの、三成がしっかと私の腕を掴んで寝入っているため、それは無意味な思考だった。
何をするでもなく、天井の隅、明かりのついていない照明、本棚、時計、部屋にある物を目だけで追う。

三成が来てから、何の変化も無い部屋だ。
三成の衣服を入れている箱もあるけれど、あんなものは三成がいなくなってしまえばいつでも捨てられる。三成がいなくなった時、ここに三成を思い出させる物は無い。
それがいい。その方が良い。ここにいる三成は、此処にいるべき三成ではないのだから。

「……っ、」

不意に苦しげな寝息が、私の鼓膜を震わせた。
私の腕を掴む手に力がこもる。視線を三成へ向ければ、眉間に皺を寄せ、瞼の端に涙をにじませ、体を震わせていた。悪夢でも見ているのだろうか。

「ぃ、えやす……ッ」
「……」

開きかけた口を噤み、少しばかり瞠目する。今の声は、紛れもなくあの日の声だった。
憎しみを絞り出すように、郷愁に蓋をするように漏らす、苦しげな声。
あの日の夢を見ているのだろうか。あの日の姿の三成で、あの日の、夢を。

「佐羽っ……、」

唐突に名前を呼ばれ、目を覚ましたのかと三成へ僅かに体を向ける。が、三成はやはりきつく瞼を閉じたまま、苦しげに唸っているだけだった。
ああそうか、私もあの日、あそこにいた。


考えても仕方のないことを、時折考える。
もしも私が三成と約束なんてしなければ、私は三成を裏切らずに済んだのだろうか。
それとも私があの日、あの場に立ってさえ居なければ、三成は私という存在を糧に現実を受け入れられただろうか。
そんなたらればを考えて、すぐに打ち消す。
私は三成と約束をし、あの場に立ち、そして約束を違えた。それだけが紛うこと無い事実だ。
なによりきっと、三成にとっての私が、そんな大層なモノであるはずがない。私は彼の道標にも支えにもなれない。ただそこに居るだけだったのだから。


「っ……う、佐羽、……」
「……どうしたの?三成」

目を覚ましたらしい三成が、私に両手を伸ばす。私に縋る。もう二度と離さないとでも言いたげにきつくきつく抱きすくめられて、私はこの無防備な両の手をどうするべきかなんて考えてしまった。
ほとんど押し倒されているかのような状況なのに、三成がぐすぐすと泣いているせいか呆れ気味の苦笑しかこぼせない。
結局私の両手は何をするでもなく、ベッドの上に放られたまま。

「佐羽が、いなくなる夢を見た」
「そう。……私は何で、いなくなったの?」
「矢に射られ、体勢を崩したところを、背中から……、」
「……刀で突き刺された?」

喉を引き攣らせるように空気を吸い込んで、三成は黙り込んだ。
鼻をすする音が、涙混じりの吐息が、私の鼓膜を突き刺す。後頭部と背中に回された腕は、私の体重によって痛むんじゃないだろうかと場違いな事を考え、暫くの逡巡のあと三成の背をそっと撫でた。
「それは夢よ」と、静かに告げる。

「夢、」
「そう、夢。三成が勝手に頭の中で作り出した幻。私は生きているもの。ね?」
「……夢……では、ない」

すうと息を飲み、三成は顔を上げた。頭上から私を見下ろす三成の顔は、暗闇に慣れた私の視界にくっきりと映っている。
それは、怒りの表情だった。

「夢であるはずがない、私は、私はこの目で視たのだ。貴様が死ぬところを、約束を違え、私より先に逝く瞬間を」
「三、成……?」
「何故私を裏切った、何故私より先に死んだ、何故私を独りにした!佐羽、答えろ、答えろ!!」
「ちょ、三成……っ」

顔の真横に勢いよくおろされた拳に、思わず身をすくめる。その拳は枕に埋まったから大した音は出なかったけれど、私の頭が一瞬浮く程度の衝撃は与えていた。

見開いた眼で三成を見つめる。元に、戻った?記憶も、全部?あまりにも突然すぎる状況に混乱して言葉が出ない。
三成はただひたすらに厳しい目線で私を睨み付けていた。弁解があるなら聞いてやる、だが決して許しはしない。そんな瞳。
頭痛を感じる。まさか、こんな、なんの前兆もなく元に戻るとは思わなかった。それとも、私が気が付かなかっただけで前兆はあったのだろうか。それとも、それとも……。

「佐羽」
「、……みつ、なり」

沈黙が降りる。泥のような空気が部屋中を満たして、息苦しさを感じた。
ああそうだ、と思い出す。

真っ直ぐに私を見つめる、三成の瞳。
私はこの目が、嫌いだった。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -