夕食を終えて暫くすると、三成はソファで眠りについてしまったようだった。
それを机を挟んだ向かいから眺める家康と、食器を洗う私。そろそろ慣れつつあるこの現状はいつになったら終わるのだろう。なんとなく、考える。

「――佐羽、」

そんな私の思考を終わらせたのは、三成から視線を逸らし、私へと向けていた家康の声だった。
なに、と返しつつ、コップに絡む泡をゆすぐ。

「こんなことを今の佐羽に訊くのも変な話なんだが……その、佐羽と三成は……恋仲だった、のか?」
「……あ、」

あまりにも想定外なことを訊かれたためか、掌からするりとコップが落ちていった。大きい音は鳴らなかったのでほっとしつつ、三成を盗み見る。……起きてはいないようだ。
咎めるような視線を家康に向ければ、すまないと彼は苦笑していた。「そんなに驚くとは思わなかった」と笑われてしまえば溜息を漏らすことしかできない。
手にまとわりつく泡を洗い流し、水を払いながら首を振った。

「私と三成が恋仲だったなら、もっと困ってるよ」

恋人が全てを忘れて幼子のようになってしまったら。
それはきっと、とてつもなくつらいことだろうと思う。なにより、自分のことを忘れられてしまっているのだから。

だけど私と三成は恋仲なんて関係では無かったのだし、そういう気持ちはない。いっそ忘れられたままの方がいいんじゃないかとも、時折、考える。
私が三成を裏切ったこと。忘れたままでいてくれるのなら、きっと私にはその方が都合が良い。
……私に、とっては。

「ワシは、三成は佐羽を好いていると思っていたのだがな」
「はは、笑えない」
「笑ってるじゃないか」

食器を片付け、手を拭き、リビングに戻る。ソファの斜め向かいに置いているクッションの上に腰を下ろして、とっくに冷めてしまったコーヒーに口を付けた。
家康も釣られるように、牛乳の割合がとても多いコーヒーを飲み干す。空になったコップをテーブルに戻し、また私に目を向けた。

「佐羽は、三成を愛しいと思ったことはないのか?」

まるで自分はそう思ったことがあるかのような物言いだと思いながら、あえてそれは口にしないでおく。
暫くコーヒーを飲みながらその質問について思案し、過去へと意識を巡らせた。

三成を、愛しいと。
思ったことがあるだろうか。異常なまでに秀吉公を崇拝していた三成。刑部と共に過ごしていた三成。秀吉公と半兵衛殿を失い、幽鬼のようになってしまった三成。共に戦場に立ち、背中を預けていた三成。人に触れられるのを拒む三成。そのくせ、人がいないと生きていけない三成。
……憐れんだことはあれど、愛おしむ気持ちを抱いたことなんて、きっと無い。
私は三成を可哀相な人間だと思っていた。自ら望んで、そういう立ち位置を作り上げている人間だろうと感じていた。懐に入れた人間だけと共に在り、その外なんて気にも留めない。
道を示してくれる人間と、背中を支える人間がいなければ、生きていけないんだろうと。
かといって三成を下に見ていたわけでもない。対等だと思っていたわけでもない。じゃあ私は三成をどう思っていたのだろう。私の世界の中で三成は、どこに立っていたのだろう。
遙か昔の記憶は、事象が思い出せても感情までは掘り起こせない。

「……佐羽?」
「、ああ……ごめん。多分、無いんじゃないかな。三成と私は、そういう関係じゃなかったのだし」
「そうか……すまなかった。変なことを訊いて」
「ううん、気にしないで」

視界の隅で、三成が薄目をあけて私を見つめていた。


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