三成は私と離れることを極端に嫌がる。嫌がる、というよりは恐れているのかもしれない。
そしてそれと同じくらい、外の世界の事も怖がっていた。
誰も三成を知らない世界。三成がいるべきでは無い世界。そう考えてみれば、三成が外を恐れるのは当然のことのようにも思える。

だから私は三成を無理に外に連れ出そうとはしていなかった。
けれど、外に出なければ食材や生活必需品を買いに行くことも出来ない。三成を置いて私が一人、買い物に行けば良い話でもあるのだけど、それは前述の通り三成が私から離れることを拒否するために、不可能だった。

「遅くなってすまない、今日はポトフとチキンソテーの材料で良かったんだよな?あとトイレットペーパー」
「うん、ごめんね家康。ありがとう」

結果、こうなる。

大きめの買い物袋とトイレットペーパーを提げた家康を室内に招き入れ、首元に巻いていたマフラーを受け取る。
外に出ることが出来ない私と三成の代わりに、我が家の買い物はほとんど家康が担ってくれていた。勿論、その分の代金はきっちり支払っている。時々受け取り拒否されるが。
家康はもうほぼ自分の家のように、荷物を受け取って台所に立つ私を通り過ぎてリビングへと入っていった。

「一昨日ぶりだな三成。元気にしていたか?」
「黙れ。貴様と交わす言葉などない」
「こら三成、家康は私たちの為に買い物をしてきてくれたんだから。ちゃんとお礼は言いなさい」

ソファに姿勢良く座る三成はむくれっ面を家康に向け、口を噤む。
私たちの知っている三成のような対応に思えて、ただの拗ねた子供である三成に対して、家康は慣れてしまったのか思考放棄に至ったのか、からからと困ったなあなんて笑っていた。三成は唇を尖らせたままだ。

「三成」

咎めるように再度名前を呼べば、渋々と言った感じで三成は家康に視線を向け、「感謝する」とたっぷりの間のあと告げる。
「どういたしまして」と家康が三成の頭を撫でようとすれば、その手は払いのけられた。そんな対応にも慣れてしまったのか、家康はダウンジャケットを脱いでクッションの上に腰をおろす。

いれたばかりのコーヒーを家康に渡してから台所に戻ると、三成は家康を一瞥し、私の元へと歩み寄ってきた。その視線は泣きそうなようにも、拗ねているようにも見える。

「佐羽、」
「どうしたの、三成」

腰に腕を回す三成をそのままに、私は晩ご飯の準備を始める。
家康に買い物を頼んだ日には、お礼も兼ねてそのまま夕食をごちそうしていた。家康も一人暮らしで、そんなに料理をする人間では無いからか、この状況は半ば喜んで受け入れている。
持ちつ持たれつ、ってところか。三分の二ほど、家康の方が多く持っている気がするけれど。

「ちゃんと、礼を言った」
「そっか、そうだね。よくできました」
「……、」

まとわりつく三成の頭を撫でてやれば、嬉しそうに顔を綻ばせる。
そして満足したのか、元々私が料理をしている間は台所に近付かないよう言いつけてあったので、三成はリビングへと戻っていった。かなり名残惜しそうに。
どうせ扉はあいているのだから、家康の姿も三成の姿もこっちから見えている。逆もしかり。
テレビがついているのに、ソファに座ってじっとこっちを見つめている三成の視線を感じながら、私は溜息混じりに包丁を手にとった。


「家康、運ぶの手伝って」
「ああ、出来たのか。今日も良い匂いだ」

立ち上がり台所へとやって来た家康にポトフの入ったお椀を手渡し、私もチキンソテーとサラダを載せた皿を運ぶ。
そわそわと台所の一歩手前で立ち竦んでいた三成には、箸とスプーンを運んでもらうようお願いした。その瞬間の、輝くような三成の表情に家康と二人して失笑。
あんな笑顔、秀吉公と半兵衛殿の前でしか見たこと無い。

テーブルの上に、ポトフとチキンソテー、ご飯、箸とスプーンにお茶が並ぶ。
クッションに座る家康と、ソファの下に並んで座る私と三成が、三人揃って手を合わせた。

「いただきます」

声を合わせて言い、箸をとる。

三成は元からそうだったけれど、意外に家康も食事中の姿勢はとても良い。ぴんと背筋を伸ばして、茶碗を手に持って、勿論箸の使い方も綺麗だ。
こういう意外な細やかさや育ちの良さが、周囲を惹きつける理由のひとつなんだろうなとうっすら考えつつ、私はポトフのじゃがいもを口に運ぶ。うん、柔らかくて美味しい。

「佐羽の料理はいつも美味しいな。感謝してもし足りないくらいだ」
「さすがに言い過ぎ。家康には買い物頼んでんだからイーブンだよ」
「言い過ぎじゃあないさ!佐羽に買い物を頼まれなければ、ワシの今日の夕食は総菜とインスタントだったろうしな。これなら毎日買い物を頼まれても良いと思うよ」

呆れ混じりの苦笑と共に、肩をすくめる。
家康は時折こうやって、不必要なくらいに人を褒めるから対応に困る。褒められることに関しては勿論、悪くはないのだけど。あまりにも度を過ぎていると、受け取りづらい。

「貴様、佐羽を困らせるな。黙って食事をとれ」
「おっと、すまない三成。そうだな、食とは静かに摂るものだ」

にこりと愛想良く笑って、家康の視線はチキンソテーへと移る。
家康が素直に従ったからか三成はそれ以上噛み付くこともなく、小さく小さく切り分けたチキンソテーを静かに咀嚼していた。

あの頃の三成ほどでは無いにしろ、この三成もだいぶ食が細い。
今テーブルの上にある夕食も、家康は多く、私はちょうど一人分程度、三成は二分の一か三分の二人前、ってところだ。まったく食べないよりは良いけれど、時折心配になる。
とは言え、あの時代の、元の三成はまったくと言っていい程に食べなかったんだから……それと比べればマシだろう。


誰一人喋らず、テレビも食事前に消してしまったので、室内には時々食器が触れ合う音しか響かない。
家康と、三成と、私。あの頃を思い浮かべれば、本当に奇妙な状況だ。
三人でいることも少なくなかったはずなのに、こんなにも懐かしさを覚えないのは何故だろう。

暫く考え、どうでもいい思考だと気が付き、目下の夕食へと意識を向けた。
家康が、懐古の眼差しで三成を見つめているのを横目に見ながら。


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