三成もそろそろこの時代に慣れてきたことだし、食材やらの必要な買い物をいつも家康に頼むのはいい加減申し訳ないので、私は三成を連れて外に出てみる事にした。
まあ家康に対しての申し訳ない気持ちは小さじ一杯ほどのもので、家康もうちでご飯を食べていっているんだからおあいこのようなものなのだけど。

家康が買ってきてくれていた三成用の外着を、三成に着せる。
タイトジーンズにVネックのニット、ダウンジャケット。シンプルな格好だけれど元がそれなりに整っているからか、いつもと違って格好良く見える。
私は先月買ったばかりのワンピースにコートを用意して、久しぶりに化粧をした。

「……佐羽?何をしているんだ」
「化粧って言ってね、女の子には必要なものなの」

鏡と向かい合って、下地とファンデを塗り、眉を描いて、アイカラーでグラデーションを入れラインを引く。ビューラーで睫毛を持ち上げマスカラを塗り、つけまを付けてもう一度ビューラーとマスカラ、あとラインもちょこっと。最後にチークを軽くのせて、久しぶりの化粧だからとリップグロスもつけた。
うん、久しぶりに化粧をしたから少し不安だったけど、こんなものでいいでしょ。

私が化粧をしている姿をまじまじと眺めていた三成が、くいと私の袖を引く。
「どうしたの?」と問いかければ、三成はどこか不安そうに瞳を揺らした。震える睫毛に、この子化粧映えしそうだなあなんてうっすら考える。

「まるで、佐羽じゃないみたいだ」
「……そう?そんなに化粧濃いつもりないんだけど」
「私は、いつもの佐羽が良い」

どうやら化粧をした私の顔がお気に召さないらしい。
そう言われても、化粧をせずに外には出られないし、慣れて貰うしかない。そう言えば年の離れた従兄弟も、化粧をしていない私の顔に見慣れていたからかフルメイク時の私には少し怯えていたなあ。

「……佐羽、…怒った、か?」
「、ううん。怒ってないよ」
「そうか、なら、良い」

三成は履き慣れていないジーンズを忌々しそうに見下げてから、私の肩に頬を寄せた。
下地やファンデーションを塗っていたから、頬には触れなかったんだろうか。だとしたら本当に、利口な子である。


――…


外に出てすぐの三成は予想より落ち着いているようだったけれど、それも電車に乗るまでだった。
車内は思ったよりも混んでいて、座席に座ることが出来ない。乗降口のそばに立っていれば、三成はそわそわと落ち着かないように私の袖口を掴んでいた。
電車が進み、人が増えるにつれ顔色が少しずつ悪くなっていく。私のコートを掴む手にも、力がこもっていくようだった。

「……三成、大丈夫?」
「、……」

今にも泣き出しそうな目が、縋るように私を見つめる。
電車を使ってまでの買い物は、さすがにいきなりハードルを上げすぎたか。
三成の銀髪は特に人の目を惹くし、それなりの長身で顔も整っているとくれば、他人に慣れていない三成が怯えるのも仕方ない。暴れたり喚いたりしないだけ、まだマシか。きっと我慢してくれているんだろう。

「もうすぐで着くから、あとちょっと、我慢して」
「わか、った」

三成は私の肩口に顔を埋める。
周囲の目が少し怖かったけれど、拒むわけにもいかず私は目を伏せた。

目的地に辿り着いたので電車を降り、ひとまず近くの喫茶店に入ることにする。
私はアイスコーヒー、三成にはアイスの抹茶オレを注文して、飲み物を受け取り適当な席についた。
三成は抹茶オレをストローで、勢いよく喉に流し込む。

「……少し、落ち着いた?」
「すまない」
「ううん、私こそごめん。いきなり人混みは、怖かったよね」

今にも泣きそうに潤んだ目を、ごしごしと三成がこする。そんなに勢いよく擦ったら目が赤くなってしまうとその行動を窘め、頭を撫でてやった。

「よく我慢できたね」

小さな微笑みに、三成はすぐに顔を綻ばせる。
あとは買い物をして、早めに帰ろう。この三成と外を出歩くのは私としても、あまり心に優しい状況ではない。
甘く見ていたなあ、と楽観的な自分に苦笑し、アイスコーヒーに口を付けた。

その後の買い物は、まったく問題がないとは言えないまでも順調に終えることができた。
三成は始終びくびくと私の腕にしがみついたままだったけれど、それを振り払うことが出来るわけもなく。終いには自分より小さな私の身体に隠れるようにして歩きだしたので、三成は本当に他人が苦手なのだろうとため息を吐くことしかできなかった。
その他人の枠から離れたところに自分がいるという現実に、優越感なんて抱く気にもならない。

帰りの電車は比較的すいていたので、二人席の窓際に三成、私は通路側に座った。
最初は窓の向こうの景色を喜々として眺めていた三成も、今はすっかり寝落ちてしまっている。初めての外出で疲れたんだろう。
あの三成が、こんなにも人の気配が溢れる場で眠れるなんて。……さすがに熟睡は、していないだろうけど。

「……、佐羽……」

ぽつりと呟き、私の左手を握りしめる三成。

その掌は相変わらず、ひんやりとしている。


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