「三成、」と名前を呼ぶと、三成は驚くくらい嬉しそうな顔で私に駆け寄ってくる。
これが小さな子供だったら抱きとめることも出来ただろうけれど、実際に私に駆け寄ってくるのは私より大きな男だ。結果、逆に私が三成に抱きかかえられることになる。

私の頬に己の頬をすり寄せてくるのは、中身の小さな三成の癖らしい。
今も犬か猫のように擦り寄る彼の背を軽く叩いて、台所のシンクへと視線を向けた。つられるように三成が、シンクの中の食器を見つめる。

「佐羽は、私にはあぶないから、ここには近付くなと言っただろう?」
「うん、よく覚えてたね。でも今日は私が一緒だからいいんだよ。今日は三成に、お手伝いをして欲しいの」
「……手伝い?」

首を傾げる三成に頷いてみせる。
綺麗な布巾を渡して、「私が洗った食器を、これで拭いていって欲しいの」と伝える。
三成はほんのり頬を紅潮させて、大きく頷いた。こういうところはなるほど、本当に子供のようだと思う。実際に中身は子供なのだけど。

「じゃあお願いね」

既に泡にまみれている食器を、水で洗い流しながらひとつずつ三成に渡していく。
白い平皿、サラダボウル、水色のマグカップ、二膳お揃いの箸、フォークやスプーン。
本当の子供のように手渡した食器類で遊びだすことは無いから、その点では安心できる。三成は与えられた仕事を忠実にこなすのが上手だ。

「これでいいのか?」
「うん、綺麗だよ。次で最後、」

そこまで言ったところで、するりと三成の手から桜柄のプレート皿が滑り落ちた。
床に落ちたそれは、意外にも大きな音を立てて割れてしまう。音に一瞬顔を顰めはしたものの、安物の皿だったし仕方ないか、と私はすぐにそれを拾い集めようとした。

予想外だったのは、三成の反応だ。

「っ、……あ、……」

しゃがみ、床に膝をついた体勢で、小さな声を漏らした三成を見上げる。
三成は皿を落とした瞬間の姿勢のまま立ち竦み、小刻みに震えていた。その手からゆっくりと布巾が落ち、両手で耳をふさぐ。

「――っ!!」
「っ、」

声にならない叫び声が、室内を満たした。突然のことに目を剥き、とにかく慌てて立ち上がる。
スリッパを履いているから足に刺さりはしないだろうけれど、ふらつく三成が皿の破片を踏むのは、見ていて落ち着ける光景ではなかった。

「わた、わたしが、私が、許してくれ、捨てないでくれ、わたしは、謝る、だから、」

ぼろぼろと大粒の涙を流し、三成が虚ろな目で私を見下ろす。
許して、捨てないで、ひとりにしないで。そんな叫びに心臓を握り潰されたような感覚が走った。
今にももつれそうな足運びで、三成は私から距離をとる。独りにするなと言う癖に自分から逃げていくのかと頭の隅で妙な気持ちになりながら、けれど一方の手を真っ直ぐに私へと伸ばしてくる三成に、呆れ気味の笑みが漏れた。

震える掌を、しっかりと掴む。

「大丈夫だよ三成。大丈夫」

そのまま強く三成の身体を引き、抱き締めた。三成の腕を私の背中に回し、私は背伸びをして三成の後頭部を撫でる。反対の手でぽん、ぽん、と一定のリズムをとりながら彼の背を撫でれば、三成の叫び声が止んだ。

「私は三成を捨てない。三成を独りになんてしない。誰も、何も怒ってなんかいないから、泣かないで」
「ほ、んとう、か?佐羽、怒って、いないのか、私は、佐羽の大切なものを、壊してしまったのに」
「お皿はまた買えばすむ話だから。三成、怪我はない?私はそっちの方が心配」
「佐羽、佐羽、……っ佐羽……!」

腰を屈めて私の肩に顔を埋める三成を、ゆっくりと撫で続ける。
ぼんやりと彷徨わせていた視線を床に散らばった破片へと固定すれば、ほぼ同時にパキンと足の下でそれが更に小さく砕けた。

まるで三成みたいだと、その破片から足を避ける。


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