ゾルディック家のある、パドキア共和国のククルーマウンテン。
そこまで向かうための飛行船の中で、あたしと先輩は、対峙していた。いや厳密に言うと対峙とまでは行かない雰囲気なんだけども。

「じゃあ、…話しますね」
「…ああ」

グラスに入った水を一口飲んで、喉を潤す。

とうとう来てしまった、この日が。
先輩に全部、話す。
この世界がどういう場所で、どういうストーリーで、誰が作り出し、誰が主役で、みんなはどうなるのか。
それを今から、何も知らないままみんなと仲良くなった、この人に。話すんだ。

「先輩は、漫画とか、読みますか?」
「…いや、あんまり。それがなんか、関係あんの?」
「なら知らないのも無理ありません」

この世界は、漫画の世界なんです。

「…は、…え?」

告げられた言葉を、先輩は理解できないようだった。
それでも話せと言われたから。話すと、決めたから。

あたしは言葉を続ける。

「ハンター×ハンター、ジャンプで連載中の有名な作品です。今は休載中ですが。主人公はゴン。キルア、クラピカ、レオリオもメインのキャラクターです。旅団のみんなは、主にクラピカの敵として描かれています」
「どういう…ごめ、ちょっと待って」
「…はい」

やっぱり話さない方が良かったんじゃないかと思う。
だけど目の前で、あたしの言葉を精一杯理解しようと頑張っている先輩を見ていると、そんなことは言えない。
先輩が落ち着くのを待ちながら、もう一口、水を飲んだ。

「つまり、俺らが今まで話してた奴らは、みんな、架空の存在…ってこと?」
「…そうですね。冨樫義博という作者の作り出した、想像上のキャラクターです」
「そ…んな、まさか」

先輩が顔を横に向ける。
その視線の向こうには、ゴン達が眠っている部屋の扉。

「ここが漫画の世界だから、あたしはそれを読んでいたから。旅団のことも、ゴン達の事も、今年のハンター試験で何が起こるのかも、全部、知っていたんです。イルミがキルアに酷いことを言うのも知ってました。キルアがボドロさんを刺そうとするのも知ってました。だから、あたしはあの場で唯一、動けたんです」
「…ミズキ、」
「みんなが紙面上の存在で、これからどうなるかも、生きるのか死ぬのかも、全部知ってるあたしは、何も知らないでみんなと仲良くなっていく先輩に、それを教えたくありませんでした」

あたしは、みんなに向けられる好意が怖い。
みんなと話が出来て嬉しいけれど、みんなが大好きだけど、その好意が返ってくることには違和感を覚える。

結局、ハンターの作品が好きで、漫画として世界やキャラ達を見ていたあたしにとって、みんなは紙面上の存在でしかなくて。
でも、間違いなくみんなは今ここで、自分の意志で生きていて。心臓は動いてるし呼吸だってしてるから。
そんな考えを持つ自分が嫌だった。
そんな違和感を、先輩にまで持たせたくなかった。

「隠していてごめんなさい。それで、余計に先輩を不安がらせる可能性までは、考えてませんでした」

だけどあたしは、目の前で黙り込む先輩を見て、後悔している。
やっぱり話さなければ良かった。黙っていれば良かった。先輩に嫌われても、見捨てられても。
これは言うべきじゃ、なかったんだ。

「…ごめん、ミズキ。ほんとにごめん」
「っ、え?」

なのに先輩は、あたし達の間にある机に片手をついて、あたしの頭を撫でてくれた。
今でも困惑してる、泣きそうな笑顔で。

「わかったよ、何でお前が今まで、頑なにそれを隠していたのか。俺のために、悩ませてごめん。無理矢理話させて、ごめん」

聞いてから分かったって遅いのにな、俺はやっぱりそれを、聞くべきじゃなかったよ。

そう言った先輩の顔を見て、自然とあふれ出した涙が頬を伝った。
ぐちゃぐちゃになった感情がどんどんこぼれていく。やっぱり言わなきゃ良かった、先輩を悲しませた、困らせた、あたしは、ごめんなさいはあたしのセリフで、だって、なのに。

「ミズキに全部背負わせてごめん。でも、俺も、悩むし…わけわかんねえけど、これからは、」

ぎゅ、と先輩はあたしの手を包み込む。
呆然と繋がれた手を眺めて、先輩へと、顔を上げた。

「俺も一緒に、背負うから」

ありがとう、話してくれて。

止まらないままの涙を、ちょっと乱暴に服の袖で拭われる。
びっくりして、現状を理解したあたしは一瞬固まったあと思いっきり飛び退いて、ソファーの背に体を全力でぶつけてしまった。ちょっとだけソファーが、後ろに動いた。
そんなびびんなよと、呆れ笑いを先輩は浮かべる。

「…あいつらが、旅団のみんなが漫画のキャラクターだなんて、信じられねえよ。でも、納得した自分もいるんだ。ああ、だからどいつもみんな、あんなに中も外も強いんだって。…これからみんなとどう接すればいいのかとか、わかんねーよ。でも、そういう葛藤を、お前は最初からしてたんだよな。全部知ってるミズキがいたから、俺は生きてここにいられて、今までみんなと楽しく話せてたんだ」
「……」
「だから、ありがとう、ミズキ」
「…せんぱい、」

それは、あたしだって同じだ。
先輩がみんなと、屈託のない笑顔で仲良くしているから、ああここは普通の世界なんだって。ハンターの世界だけど、みんなが普通に生きている世界なんだって、思えたから。だからあたしも、みんなと普通に話せて、みんなを大事に思えたんだから。
タカト先輩が、いてくれたから。
大好きな人が、そこにいたから。
あたしは、自分を保てた。


「…んで、さ、今までのもわかってたってことは、これから何が起きるかも知ってんだよな?それでミズキは3次試験の時とか、面倒事回避してたんだろ?俺にもそういうの、教えてくれるよな?」

うってかわって、にやりと笑いながらあたしの隣に移動し、肩を組んで顔を近づけてくる先輩。笑顔があくどい。

…雰囲気を変えようとしてくれてるんだ。
本当に、優しい人。

「先輩まで面倒事回避してたら、周りに不審がられちゃいますよ」
「ひっでえ、俺にも背負わせろって言ったばっかなのに」
「渡す荷物は選びます。……冗談ですよやだなあ!」

すっと先輩が音楽プレイヤーを取り出したのが見えて瞬時に笑顔を貼り付けた。
やだもうなんか先輩本当にシャルと似てきてる。でもそんなとこも好き!悔しい!

「結構ショッキングな話も多いですし、あたしのせいで話が変わったとこもありますから、時間もかかるし内容もあれですけど」
「大丈夫、時間はまだあるし、試験でグロ耐性ついたから」
「うわあ…」

ですよねー、目の前でお腹に腕突っ込まれた人間見てるんですもんねー。ごめんなさいすぎる。

じゃあまあ、ゆっくり話していきますね。と前置きをして。
これからゾルディック家でどんなことが起こるのか。それからゴン達がどう行動するのか。その後、ヨークシンで起こりうる可能性のある事件。無くなるはずの、出来事。
それらを話し始めた。

グラスの水は、1杯じゃ足りなかった。






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