結局なにも言えず、なにも出来ず、あたしはヒソカから逃げるようにその場を去った。
そんなあたしをヒソカは追いかけようともしないで、ひらひらと余裕そうに手を振って見送りやがった。むかつく。

顔の熱はまだ冷めない。
ヒソカのせいでこんな状態になってんのかと思うとやっぱり腹立つちくしょう。

風を切るように走りながら、煙草に火を付け深く煙を吸い込む。
うるさい鼓動を、顔の熱を落ち着かせるように、深く、深く。

「…くそっ」

あたしが好きなのはタカト先輩だってのに!


+++



「…ゴン、」

ふわり、煙草の匂いが鼻をくすぐった。
ミトさんの酒屋で嗅ぎ慣れた、嫌いじゃないけど好きにもなれない、独特な匂い。
それに混ざって感じた優しい雰囲気と、柔らかな声に、ゆっくり、顔をあげた。

「…、ミズキ?」
「うん」

木の根の隙間に座り込んでいる俺をのぞき込むようにして、ミズキが笑っていた。

確かに、初めて会ったときからミズキにはうっすらとだけど、煙草の匂いがしていた。
ちょっと意外だけど、ミズキ、煙草吸うのかな。
タカトからは匂わなかったから、きっとミズキが吸ってるんだろうな、なんてぼんやりと考えていたら、ミズキは俺の前にちょこんとしゃがみ込んだ。

ゆっくりと、その手が俺のほっぺに伸びる。

「痛い?」

…ミズキは、全部わかってるみたいだった。何でかはわかんないけど。
そういえばミズキからは煙草以外に、ヒソカの匂いもする。来る途中、会ったのかな。

「ちょっとね。でも、大丈夫だよ」
「…薬塗ったげる。何も食べてないでしょ?魚と木の実とってきたから食べよ、動ける?」
「…、」
「、…ごめんね、ゴン」

俯いて黙り込んだ俺に、謝るミズキが不思議で顔をあげた、ら。

「よ、っと」
「うわ、ちょ、ミズキ!?」

脇の下に手を入れて、ひょいっとミズキは俺を抱え上げた。
身長もそんなに変わらなくて、それにミズキは女の子なのに、こんなに簡単に俺を抱え上げるなんて。すごいとは思っていたけど本当に、ミズキってすごい。

そのまま、恥ずかしいけど抱っこされたままミズキに別の木のところまで連れて行かれて、ゆっくりと、木にもたれ掛かるように下ろされる。
ミズキは既に集めておいてたのか、近くでひとまとめにされていた枝にライターで火を付けると、棒に刺した魚を焼き始めた。
良い匂いが、辺りに広がる。

「…ミズキは、何で、ここに?」

魚が焼けるまでの間、ミズキの言う薬らしいものをほっぺや傷口に塗ってもらいながら、問いかける。
うっすら温かさを感じる薬は本当によく効いて、もう痛みも消えかけていた。

「んー…虫の知らせ?って奴。ゴン大丈夫かな、ってちょっと思ったから見に来たの」
「そ、っか。…ありがとう」
「いやいや、無事で良かったよ」

木の根の隙間にいながら、俺はずっとぐるぐる、ぐるぐる、いろんな事を考えてたんだ。
悔しいって、情けないって、俺…弱いんだって。寂しくて、どうしようもなくて、胃の辺りがずどんと重たく感じてた。

でも、ミズキを見た瞬間、そんな気分がふわっと無くなった。
安心…っていうのかな。ほっとした、っていうか。

魚早く焼けないかなーなんて頬杖をついてるミズキにもう一度視線を向けて、ちょっとだけ笑う。

クラピカやキルア、タカトが、ミズキのことを大好きな意味がよくわかる。
ミズキといると、ほっとするんだ。
胸のあたりがじんわりあったかくなって、あーもっとミズキといたいなあって、そう思う。

「、どしたの?ゴン」
「…ううん、俺もやっぱ、ミズキのこと大好きだなって思ってただけ」
「なにいきなり、照れる」

まったくゴンは可愛いなあ!って笑いながら、ミズキが俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
温かい手。ミトさんみたい。
そっか、ミズキってなんだか、母親みたいなんだ。ミトさんとはまた違う、温かさの。
でもそう言ったらミズキは、どう思うかな。

「そういえば、ミズキって煙草吸うの?」
「ぅえっ!?え、あ、いやー…あは」

おどおどと目を泳がせるミズキがおかしくて、かわいくて。

いつの間にか俺も、嫌な気持ちを忘れて、声を上げて笑っていた。






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