泣かないで


「お顔を見た瞬間に悟りました。三成様は、この縁談に興味をお持ちではないのでしょう?」

ゆるく微笑んだお姫さんに苦笑で返せば、彼女は言葉を続ける。
閑かな声で、ゆっくりと。

「三成様の仰る通り、私には迷いがあります。このような事を言っては父に怒られてしまうのですが……私には、想い人がいるのです。……いえ、いました」
「……いました、ということは」
「ええ、……彼は流行病で、既に」

お姫さんの目尻に涙が浮かぶ。
予想以上に重い話だなと胸の辺りに苦しさを感じながら、わたしはほんの少し眉を寄せた。

「彼は、いつか三成様の兵となって戦うのだと、毎日鍛錬に励んでいました。力が及ばず、城仕えの兵となることは叶いませんでしたが……それでも一兵士として戦に出られた時には、とても嬉しそうに笑っていたのを今でも覚えております」
「……、」
「彼が亡くなった数日後に、父から此度の縁談の話を聞きました。私が、三成様の妻になることを、彼は喜んでくれるのか、それとも……、と思うと、私には貴方様にお会いする勇気が持てなかったのです」

そこで、お姫さんがちょっとだけ笑った。

「三成様はいつも怒っていらっしゃる、とても厳しい御方だとお聞きしていましたので、いっそ斬り捨てられ、彼の元へ行くのも良いと思っておりました」
「……残念だが、貴様のような娘を斬る趣味は無いな」
「ええ、三成様はお聞きしていた方とはまったくの別人でございました。とても優しく、温かい方」

そう言われると、なんか恥ずかしい。
実際の三成はこんな人間じゃないのだし、現状はわたしが姫さんを騙しているようなもんだ。
だから申し訳ない、という気持ちもある。

それに、死んでしまったとはいえ想い人がいるのに今会ったばっかの三成と結婚するのは、……時代の差ってのもあるかもしんないけど、やっぱり違うと思う。
この子は、ちゃんと自分の好きな人と、結婚すべきなんじゃないのか。
こんなに良い子なのに、家の道具にされるなんて可哀相だと思うのは、わたしのエゴだろうか。

「……わたしは、西軍総大将として、これからいくつもの戦に出る。いつ死ぬかもわからない。もし貴様がわたしに嫁いだ後、万が一わたしが戦に負ければ、貴様は敗戦の将の妻として、……恐らく酷い目に遭うだろう」
「わかっております」
「わたしは……、貴様のような娘を、そんな目に遭わせる覚悟が、無いのだ」

この世界の西軍が勝つのか、負けるのか、わたしはもちろん知らない。
まだ徳川と伊達が組んでいない今、西軍優位かと世間は見ているが、それもいつひっくり返るかわからないんだ。
わたしがいることで、どう未来が変わっていくのか、わからない。

「、……三成様は、私が思っていたよりも……弱い方なのですね」
「わたしを侮辱するのか」
「いいえ。ですが、……わかりました」

お姫さんの手が、わたしの頭に触れた。
優しく髪を梳くように撫でられ、きょとんとしてしまう。

「父には私からうまく話しておきます。いつか、三成様が……どんなにつらい目に遭わせてでも、共に在りたいと、共に幸せになりたいと思えるような方とお会いできる日を、私は祈っております」
「……十六夜殿、」
「もしよろしければ、またお話をさせてください。私、三成様とは良いお友達になれそうな、そんな気がするのです」

姫すげえ、とまた心の中で呟いた。
春のあったかい太陽みたいな子だ。これでまだ中学生くらいの年齢なんだから、戦国時代って恐ろしい。人が出来すぎてる。

「ああ、是非」

くしゃりと笑ってそう返した後に、「嫁入り前の娘が男と茶をするというのはどうなのか」とふと浮かんだ疑問を投げかければ、姫さんはくすくすと肩を揺らして笑っていた。
その数秒後にぶつけられた、「だって三成様、女の子みたいなんですもの」という言葉を、どうやらわたしは忘れられそうにない。

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