大谷さんとわたし


縁側で三毛猫と戯れていた大谷さんにむくりと悪戯心が湧き上がり、わたしはにやけ面を隠しながら静かにその背後へ歩み寄った。
気配で気付いた大谷さんがわたしへと振り返る。「蜜奈か」と名前を呼ばれたことに少なからず嬉しさとくすぐったさと、やっぱりまだちょっとだけ慣れない感情を抱きながら、にこりと笑いたいのを必死に抑えた。

「……刑部、何をしている」

その瞬間の大谷さんの顔に、つい耐えきれなくて吹き出してしまう。
わたしの態度ですぐにすべてを察したらしい大谷さんは、こう言っちゃ悪いが気味が悪いくらいの笑顔を浮かべて、わたしを手招いた。ひいん。

「われに何か言いたいことがあるか?」
「ごめんなさい」

ぺしんとおでこを軽くはたかれ、大人しく謝る。
それで許してくれたらしい大谷さんの隣にちょこんと座って、大谷さんと戯れていた三毛猫の喉元をくすぐった。威嚇された。

「ぬしの背後に三成が見えた気がしたが、……ああ、髪を切ったのか」
「それ笑えないです。……髪は、まあ、はい。今朝方ばっさりと」

腰の辺りまでずるずると惰性で伸ばし続けていた髪がそろそろうざったくなってきたので、今朝方女中さんに頼んでばっさりと切ってもらったのだ。
女中さんは綺麗な髪なのに勿体ない、と言いつつもわたしの髪をうなじが見えるか見えないかくらいの位置まで綺麗に切り揃えてくれた。

大谷さんはそんなわたしの短くなった髪を軽くすくって、ヒヒッと笑う。

「蜜奈と三成は前髪の形が似ているゆえ、短くすればますます三成の妹のようよなァ」
「うっわあ、わたし明日から真ん中分けにしてきます」
「さすれば毛利とお揃いよ」
「ちくしょう逃げ場はないのか!」

左分けにしたら伊達とおそろで前髪上げれば元親とおそろである。やっぱり慣れているし三成とおそろのままで過ごそう。

自分の前髪をいじくるわたしを見下げて、大谷さんはまた笑う。
最近になって大谷さんは、こういう笑い方をするのが増えた。わたしをからかうだとか、不幸を愉しんでるだとか、そういうのじゃなくて、……なんかよくわかんないけど。良い感じの笑い方。
それがなんだか嬉しくて、ふへへと大谷さんに笑みを向ける。「やれ、気味が悪い」と笑われた。これはわたしを馬鹿にしている笑い方だ。

「そういえば大谷さんは、こっちに来てからは頭巾姿が定着しましたね」
「兜の緒を締める必要もありはせぬからなァ」

白い頭巾からちょっとだけ覗く顔は、相変わらず包帯に包まれている。
そう短くはない月日を大谷さんと過ごしてきたけれど、そういえば大谷さんの髪型がどうなってんのか、わたしは見たことがないなあと思い当たった。三成なら見たことがあるんだろうか。
大阪の城に居たときと比べれば、わたし達の周りに住む人たちは随分と数が減って、ここにはもう気心知れた人たちしかいないんじゃないかなとわたしは思っている。
だから大谷さんも、わざわざ頭巾なんて被らずに、包帯を巻くだけでいいんじゃないかなあと思いはするのだ。そして深く考えるのもめんどかったので、わたしはそれをそのまま口にした。

「そうもいかぬであろ。此処には女中もおるゆえ」
「大谷さんが包帯だらけの人だってのは今更だと思いますけど」
「いや、そうでは無い。われの病躯を目にすれば、あやつらも気味悪がるであろ?」

ヒヒッと漏らされたのは、多分、自嘲の笑いだった。
わたしはひっそりと顔を顰めて、大谷さんの手を取る。

「大谷さん、此処にいる女中さんは、みんなが望んでこの場に来ることを選んだ人たちです。その言葉はあの人達の好意を蔑ろにしてますよ。侮辱だと言ってもいいです」

存外にも冷め切った声が出たので、自分でもびっくりした。でも口にした言葉はちゃんとした本音だ。

事実上の敗北を喫した西軍の総大将である石田三成。その腹心である大谷吉継、島左近、そして石田三成の妹(という設定)であるわたし。他数人の兵。
そんなめんどいことこの上なさすぎる存在の世話を、率先してやろうとしてくれた人たちだ。元から石田軍に仕えていた人もいるし、余所から名乗り出てくれた人もいる。
何回か入れ替わりはあったけれど、今ここに残ってくれている女中さんたちは全てが、三成や大谷さんに左近だけでなく、わたしのことまで誇りに思ってくれている人たちだ。
勿論その人達はみんな、大谷さんが病の身であることを知っている。好奇心ではなく善意で、そんな大谷さんに寄り添いたいと思ってくれている人もいる。
たまに、「何故大谷様はわたくし達に包帯のお取り替えを申しつけてくださらないのでしょう……」と哀しげな顔で相談されるくらいには。
だから、さっきの大谷さんの発言は、聞き捨てらんなかった。

「……ぬしはまっこと、出来た娘よな」
「茶化す場所じゃないですよ」
「やれ、怖いコワイ。……すまなんだ、われが悪かった」
「……何で左近も大谷さんもこの顔すると素直になるんですかねえ」

眉間にきっつい皺を寄せて、怒ってんだか泣きそうなんだか、って顔をするとすぐに謝ってくる。三成以外。便利だからいいけど。

「わたしは大谷さんの気持ちを察せるほど出来た人間じゃないんで、まあ、無理にとは言いませんけど。ここの女中さん達は大谷さんが病んでるからって遠巻きにするような人じゃありませんから、たまには頼ってあげてください」

包帯の取り替えを頼んだら、多分整理券配らなきゃいけないくらいの状況になると思いますし。むしろわたしも並びますしおすし。
そう言いつつ笑ってみせれば、大谷さんはさっきわたしが三毛猫にしたように、わたしの喉元をくすぐった。
威嚇してやろうかと思ったけれど、とりあえずごろごろと鳴いてみせた。

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