左近とわたし


「蜜奈ーっちゃん!」
「ぅわぶ」

がばっと後ろから抱き付かれてつんのめる。ギリギリのところでなんとか耐えて、抱き付いてきた犯人をぎろりと睨み付けた。

「左近……用もなく抱き付いてくんのやめてってば」
「すんません」
「すげえ謝る気のない返事ありがとう」

てへ!とかわいこぶる左近の腹を肘でつつき、腕から抜け出す。
そんなわたし達を呆然と見つめていた正面の三成は、どこかげんなりとした表情でため息を吐いた。

「貴様らは、私の知らぬ間に恋仲にでもなったのか」
「うわ蜜奈ちゃん今の聞きました!?三成様が俺達のこと恋仲だって!」
「三成から恋仲って単語が出てきたことに驚きを隠せない」
「そんなに斬滅されたいのか」

刀も持ってない癖に今にも斬りかかってきそうな三成を、左近と二人、どうどうと落ち着かせる。落ち着くわけがなかったけど。

お茶でも飲もうと、三成の部屋へ向かっていたわたしと三成の一歩後ろについて、左近はにこにこと楽しそうに歩き出す。
ああこの子このまま一緒にお茶するつもりだなと思いながらも、わたしと三成は何も言わない。特に問題は無いからだ。

左近は今でも三成様三成様!だし、それなりにわたしにも懐いてくれているらしい。
だからか、常に歩くときは一歩後ろだし、中途半端ではあるけれどわたしにも敬語を使う。ちゃん付けで名前を呼ばれるのはちょっとばかし微妙な気持ちだ。

「で、どうなんだ」
「その話引っ張るんだ!?」

三成の部屋に辿り着いて、三人仲良くお茶を頂く。大谷さんがいないのは残念だけどまあ仕方ない。
そこで思い出したようにわたしと左近へ視線を投げた三成に、思わず苦笑を溢した。
何で三成と左近と三人で恋バナしなくちゃいけないのだよ。

「俺的には蜜奈ちゃんならいつでも大歓迎っすけど」
「まじかよ……わたし別にどっかに嫁ぐつもりないぞ」
「……貴様……独り身のまま死ぬつもりか……?」
「え、何でそこで三成さんシリアス顔になるんです?」

ウワアまじかよこいつ可哀相、みたいな眼差しを向けられる。びびる。
むしろ何で三成そんな積極的に恋バナに参加してんの。実は興味津々なの?遅れた思春期が到来してんの?
そんでほんとに君は表情の種類が豊富になりましたね三成よ。どうせならもっと喜と楽に寄った方面で種類増やして欲しいとわたしは思います。

「蜜奈ちゃんせっかくかわいーのに、独り身なんてもったいないっすよ。いざとなったら俺で妥協しましょう!」
「新手のナンパを受けた気持ちだ」

ね!とわたしの手を取る左近に、とられていない反対の手でチョップをしておく。
何でここに来ていきなり恋愛タイムに入らなければならないのか。わたしはもうあれだ、ここにいる人らみんな家族みたいなもんだし、どうせ嫁ぐならもっと平凡な農家の人とかに嫁ぎたい。

「ていうか左近に嫁ぐならせめて大谷さんに貰ってほしい」
「蜜奈、貴様に刑部はやらん!」
「何でそこでお父さんぶるの!?」

いよいよもって三成のことがよくわからない。

チョップされた頭をさすりながら、左近は「そんなばっさりフラなくても……」としょんぼりしている。うっかり犬耳が見えた気がして、目を泳がせた。
だめだわたし、直視してはいけない。

「で、どうなんだ」
「あれそれさっきも聞いた台詞ですね?わたしと左近が恋仲だなんてナイナイ」
「蜜奈ちゃん、さすがに笑顔で首振られると俺も傷付きます」

ちなみにだが、この一連の流れはほぼ定番と化したわたしと左近の茶番である。
今回は三成が変に真面目なせいで斜め上の方向にいつもよりぶっ飛んでしまったけれど。まったくこれだから三成は。

「……貴様、左近の何が不満だと言うのだ」

静かに湯飲みを置いた三成が、じっとわたしを見つめてくる。
え、と思わず呟いて、三成から左近へと視線をずらせば、左近は笑顔でわたしを見つめていた。
「ほら三成様もっと言ってやってください!キャー!三成様素敵ー!」みたいなテンションになっている左近に、こいつやべえと嫌な汗が垂れた。こいつやべえ。

じりじりと迫ってくる、左近と三成。まじかよこいつらの顔をしながら、わたしもじりじりと後退していく。
何でこんな積極的なの、そんなに左近わたしのこと好きだったの?聞いてないよ?むしろこの屋敷に来る前までは6:4くらいで嫌いのが勝ってそうだと思ってたよ?

「ていうかちょ、二人とも目が据わってんですけど……」

いよいよ壁際まで追いつめられてしまい、冷や汗と苦笑を浮かべながら両手で二人を制する。
三成は真顔、左近は笑顔でわたしを見つめている。だめだこいつら引く気がない。
なぜじゃあああと叫びたい気持ちになりながらひいんと胸の内で涙を流す。この状況の対処法がわかんないよお!

と、こうなったらもう壁壊すしかないかな、なんて思い始めていたわたしの目前で手をぱん!と叩いて、左近がからからと笑いだした。

「なーんて!冗談、冗談っすよ蜜奈ちゃん」
「……私は本気だが」

ま、まじかこいつ。

けらけらと腹を抱えて笑い転げる左近に、真顔のままの三成。ていうか三成はマジだったのかよ。本気と書いてマジと読むアレだったのかよ。
とりあえずどうやら左近に騙されてしまったらしい、と気が付いたわたしはゆらりと立ち上がり、左近を見下げた。

「左近……貴様、わたしを欺くとはいい度胸だな……わたしは嘘を厭う。そのわたしの前で空言を抜かした罪を赦すわけにはいかない。立て左近ッ!今この場で斬滅してやる!」

暗黒微笑からの激怒顔である。左近はひいと半笑いの顔を真っ青にして、今にも(持ってないけど)刀を抜きそうなわたしに勢いよく頭を下げた。

「謝りますから、三成様の真似はやめてくださいってぇ!」
「何を言っている左近、あんなものが私の真似であるはずがないだろう。どこが私に似ているというのだ」
「いや蜜奈ちゃんの三成様の真似まじでそっくりすぎて迫力ありますから……って、あ」

ついでにゆらりと三成まで立ち上がる。
もう真っ青どころか色の無くなってしまった顔で左近はゆっくり後ずさり、わたしと三成から離れていく。
それをじわじわと追いつめたところで、にっと口角を上げてみせた。いわゆるゲス顔です。

「なあんて、冗談でした〜」
「っちょ、もう蜜奈ちゃん!」

勘弁してくださいよ〜冗談きついって!と、泣いてんだか笑ってんだかよくわかんない顔でほっとしている左近。
そんな左近の正面で、「私は本気だが」と三成が至極低い声で呟いたので、わたしと左近は猛ダッシュでその場から逃げるのだった。

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