家康とわたし


客人が来たと女中さんが言うので、なんぞやと玄関的な場所に向かったわたしは口をあんぐりとさせてしまった。
見慣れていない和服姿に、マフラーのようなもの。そして深く深く被ったフード。
それが誰か、なんて体格と雰囲気だけで理解できた。

「おお、蜜奈殿!久しぶりだな」
「家っ……!」

康、だと……!?

天下の将軍殿が一体何をしとるんだと叫びたい気持ちを必死におさえ、驚きに染まった表情だけでじっと家康を見つめる。
家康は「そんなに見つめられると照れるんだが」なんて苦笑していて、本当に何しに来たんだこの人とまたアホ面を晒すはめになってしまった。照れてる場合じゃないだろ。

玄関先でのどたばたに気が付いたのか、近くの部屋にいたらしい三成がひょっこりと顔を覗かせる。
「お、!」と反応した家康がフードを脱ごうとするのをとっさに押さえ、大きな声で左近を呼んだ。どうせそこら辺にいるだろうという予想からの行動である。

「貴、様っ……イエヤスゥウ!貴様が何故ここにいる!!」

刹那でも使ってんのか、ものすごいスピードで部屋から抜け出てきた三成がこっちに迫る。
その頃には左近もなんだなんだとやって来ていて、わたしはひいんと泣きたい気持ちを抑えながら家康の腕を引いた。

「三成なに言ってんのー!?こんなとこに家康さんがいるわけないじゃん!」
「!?そ、そうっすよ三成様!幻覚見るなんてまたちゃんと寝てないんじゃないんすか?」
「うわダメだよ三成ちゃんと寝ないと!ほらわたしと幻覚は退散するからさー!」

左近が三成の正面に立ち、ぐいぐいと室内へ押し戻すように三成を押す。その対面でわたしは家康を背に庇いじりじりと後退していく。
ていうか左近、部下なのに三成にあんな態度とっていいんだろうかと今更なことを思いつつ、わーわー叫んでいる三成をどうにかやり過ごして、わたしは家康の手を引き屋敷内を駆けた。いやそりゃもう、三成時代が懐かしくなるくらいに駆けた。

「蜜奈殿そこはっ……」
「あぶっ!?」

すっげえ変な声出た。

「柱が、と、言おうとしたのだが……」
「おおう痛い……久々にがっつり痛い……」

左目からじんわりと涙がにじむ。しこたまぶつけたおでこをさすりながら、今度はとぼとぼと家康の手を引きながら歩いた。
適当な部屋に辿り着き、女中さんにお茶をお願いしてから座布団を用意する。
正座できちんと座るわたしの正面に家康が座ると、家康は今にも泣きそうな、なんとも言い難い表情でわたしを見つめてきた。

「蜜奈殿、やはりまだ、慣れていないのか……?」

おずおず、といった感じの口調に、苦笑する。右目の事を言ってんだろうなってのはすぐに察せた。
しかし口調と苦笑ってなんかちょっと韻を踏んじゃったな。

「ああ、まあ。でも平衡感覚はだいぶとれるようになったんですよ」
「……ワシがあの時、もっとしっかりしていれば……。その目はワシの責だ」
「それは何度も手紙で聞きましたって」

わたしが三成達とこの屋敷に住むようになってから、何度か家康はわたしにも文を寄越してくれた。
それのほとんどが、松永との争いで失ったわたしの右目についてで。家康がわたしの右目についてかなりの負い目を抱いてんだろうことはなんとなく理解してはいたけれど、正直そんな気にしなくても、といった感じなのである。

確かにバランスはとれないわ、右側にあるあらゆるものがわたしにタックルかましてくるわで当分は散々な目に遭いはしたけれど。
大谷さんにも「一時は身を潜めたぬしの間抜け癖を、再び見ることになろうとはなァ」とか言われるし。「ヒヒヒッ、ぬしの不幸は何よりも愉快よ、ユカイ、ヒヒッ」って大笑いしてたし。あの人ほんといつか包帯にラクガキしてやる。ミイラ男って。
ていうか右目って時点で筆頭とオソロなのがちょっと複雑だったりもしたんだけどねえ。まあ左だったら左だったで今度は元親とお揃いなのだけど。隻眼キャラ多すぎ。

でもまあ、たかだかわたしの右目程度であの松永が身を引いてくれたんだから、むしろラッキーってなもんだ。
家康が多分死んで、三成がどうなるのかはわからないけど、絶対良い方になんて転ぶはずがなかったあの未来を、この右目ひとつで変えられたんだから。

「家康さんが気に病むことじゃありませんと、何度も伝えたじゃないですか。むしろわたしが右目を失うことで、家康さんと三成を守れたんだから、これはわたしの勲章ですよ」
「……蜜奈殿は本当に、優しいな」
「うん、コレ別にあなたを慮っての発言じゃないんですけどね?」

家康はどこかわたしを美化しすぎている節があるよ。

「っていうか、ですよ。何で家康さんこんなとこに来てんですか。しかも護衛もつけずに。三成が落ち着いたとは言え、さすがにあなたへの怒りを無くしたわけじゃないことくらいわかってんでしょう?」
「ああ、それは勿論分かっているさ。それでもワシは、……今、蜜奈殿や三成がどうしているのか、この目でちゃんと視ておきたかったんだ」
「……はあ……江戸の方は大丈夫なんですか」
「問題ない、影武者をちゃんと置いてきた。それに蜜奈殿、ワシはちゃんと護衛をつけているぞ?そこまで無謀じゃあないさ」

まじかっ、と素で反応する。
「北条殿が忍を貸してくれたんだ」と笑う家康に、うわ小太郎だったら怖すぎと冷や汗を流して、深くは追求しないことにした。触らぬ神に祟りなし。

「ああ、そうそう。この眼帯、元親さんが贈ってくれたんですよ」
「へえ、元親がか!蜜奈殿によく似合うと思っていたんだ」

自分の右目があった場所に触れながらにこりと笑う。
関ヶ原の決着がつく前まで、ずっと包帯を巻いていただけのわたしを不憫に思ったのかなんなのか、元親が文や魚と一緒に眼帯を届けてくれたのだ。
藤の花があしらわれた、きれいな眼帯。

「藤の花が、とても綺麗だ」
「ありがとうございますと言いたいんですけど家康さん何でそんな近いんですか」

じんわり身を引きながらノンブレスで言い切る。わたしの右目に手を添えて儚げ〜に微笑む家康はなかなかに眼福ではあるのだけれど、さすがに恥ずかしいし恐れ多い。ていうかごめん純粋にこわい。

「おっと、これはすまない」

と言いつつろくに離れない権現さんマジパネエっすわー!怖いわー!なんだこの人。何がしたいんだこの人。さすが天下人になるような御方の考えは一般人なわたしには推し量れないね!
心の中でひいひい言いながら逃げ道を探していたら、スッパーン!と綺麗な音を立てて部屋の襖が開いた。ヒクッと口元が引き攣る。

「家康……蜜奈……貴様ら此処で何をしている……」
「おお、三成!ワシは三成にも会いたかったんだ、元気にしていたか!?」
「もうごめん権現さん何でもするから空気読んで!?」

現状は完全に三成に誤解を抱かせ、わたしはもう泣くしかない。家康のKYっぷりにも泣くしかない。誰か助けろ。
三成の後ろで「ごめん!」って感じに両手を合わせている左近を全力で恨みたい気持ちになった。もしアレがごめんのポーズじゃなくてご愁傷様のポーズだったら恨みたいじゃなくて恨む(確定)になります。

「そこになおれ家康!斬滅してやる!!」
「ははっ、三成は相変わらず元気だな!」
「三成今武器持ってないでしょうが!ああもう家康さんは三成刺激するような事言わないで!左近早く大谷さん呼んできて!!」

お願いだから誰かわたしに平穏をください。

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