笑って


わたしは、相も変わらず戦国時代で暮らしている。
いや、家康が幕府を設立したから、正確には江戸時代なんだろうか。もう時の流れがいまいちわからない。

「蜜奈ちゃん聞いてくださいよ〜、三成様ったら酷いんすよ」
「どしたの左近……ってすごい青タンだな!?」

なんだかんだ石田軍から離れることは出来ず、っていうかまあ離れるつもりもなく、わたしは三成や大谷さん、左近たちと共に、ある国の一角で幽閉されていた。
外に出ることは許されず、ただそこで生きるだけ。
わたし的にはちょっとした隠居気分なのだけど、他の人がどうなのかは知らない。

「お茶ぶっ溢しちまったら、三成様と三成様が持ってた紙にかかっちゃって……」
「それは左近が悪いわ……慣れないことするからだろ……」

慰めてくださいよ〜とわたしにまとわりつく左近を、はいはいと適当に宥めながら、三成の自室へと向かう。
各々に自室がある時点でそこまで悪い待遇ではなく、屋敷も割としっかりとした作りだし、そこら辺には家康が気を遣ってくれたんだろうってのが見て取れた。女中さんとかもいるし。

「ていうか左近、大谷さんが呼んでたの覚えてんの?早く行けよ」
「蜜奈ちゃん、最近俺への対応冷たくなりましたよね」
「それともこっちの喋り方の方が良いか?左近。貴様は毎度毎度なにかあればすぐわたしの元へ現れ泣き言を漏らすが、」
「あああわかりましたわかりましたって!三成様の真似すんのやめてください!」

へらっと笑ってみせれば、左近はむっすぅとほっぺを膨らませて、わたしのほっぺをぱしんと両手で挟んだ後、すたこらさっさと大谷さんの自室へ駆けていった。
あんにゃろう後で覚えとけよ。

とにかく邪魔者がいなくなったので、改めて三成の元へ。
ずっとずっと聞きたくて、でもなかなか尋ねる機会のなかったことが、ひとつだけあったから。どうせ最近暇しかしてないんだしそろそろいいだろう。
わたしは三成の名前を呼んでから、彼の部屋に入った。

「どうした、また左近に泣きつかれでもしたのか」
「っはは、まあそれもありますけど、今回は別件です」

確かにほんのり濡れている三成と、お茶の匂いが充満した部屋に苦笑をこぼして、畳に腰を下ろす。
三成は文机の上を片付けてから、わたしに身体を向けた。

「いっこ、聞きたいことがあって」

――何で関ヶ原が終わってから、あんなに落ち着いてたんですか。

わたしの言葉に、わずかに三成が目を細める。
ありゃ、もしかして駄目な感じの質問だったか。すぐにそう思うも、三成は存外機嫌の良さそうな表情で、ゆるく口角を上げた。

愛しいものを、懐かしんでいるような表情だった。

「貴様の身体で、倒れている時だ」
「え、はあ」
「秀吉様が、私の目の前にいらっしゃった」
「……は?」

え、なにこの子わたしの身体で幻覚でも見てたの、という顔をする。無言で殴られた。
ちくしょうわたし女だぞ。

「秀吉様は私にお叱りの言葉と、勿体なくもお褒めの御言葉をくださった。そして、最後、静かに告げられたのだ」
「……ええと、それはどんなことを、って、訊いても?」

恐る恐る問いかけたわたしを、三成は鼻で笑う。

「あの御言葉は、私のみに与えられたものだ。貴様に聞かせる理由は無い」
「ですよねー」

なんとなくそうだろうとは思ってたよ。
まあ別段聞きたいわけでもないから、それでいいのだけど。
……でも、そうか。秀吉様が。幻覚だろうと幽霊だろうと、それは確かに秀吉から三成に贈られた大切な言葉だ。三成がきっと、本当に望んでいたものだ。
なら、わたしは秀吉様に感謝するし、嬉しいと……良かったと思う。

「秀吉様の御言葉に、私は目を覚まし、己を恥じた。だが、許しを請う許可は頂けなかった。その代わりに、ある命を下されたのだ」
「ある、命?」
「……生きろ、と。ただ、そう告げられた」

沈黙。

だから三成は、秀吉様に会えたから三成は、あんなにも落ち着いていたのか。
家康と話が出来たのも、西軍の事実上の負けを認められたのも、きっとわたしには知り得ない秀吉様からの御言葉があったからなんだろう。
秀吉様、グッジョブ。

「私は、貴様にも感謝している」
「ファッ!?」

唐突にデレられて、変な声が出た。みるみる熱くなっていく顔に、三成が意地悪っそう〜に口角を上げる。目尻を下げる。
お前ほんと表情の種類増えたよねえ!?三度目だよこの感想抱くの!

「蜜奈、貴様が私となっていなければ、私はきっと今この場にはいなかっただろう。秀吉様の御言葉を賜ることも、刑部や左近を生かすことも、出来てはいなかった。……貴様のお陰だ」
「三、成……」
「無論、すべてが貴様の功績では無いがな」
「おい上げて落とすのやめろよ」

わたしの感動返せよ!ちくしょう!わあんともう嬉し泣きなんだかなんなんだか、よくわからない涙がぶわっと溢れてきたから、そのままのテンションで三成をポカ殴りする。
全然痛く無さそうだった。くそう力の差!

「あー!三成様、なに蜜奈ちゃん泣かせてんすか!」
「やれ三成よ、女子を泣かせるものではないぞ。女の恨みは末代まで続きかねんからなァ」
「泣いてねーよ!」

障子をあけてひょこっと現れた二人に、投げやりな気分で泣き叫ぶ。
泣いているであろと顔面に布を押しつけられ、ほら蜜奈ちゃんいないいないばーなんて子供扱いされて、三成はただそれを五月蠅そうに眺めていた。

ああもうほんと、泣きたいわけじゃないのに。
笑いたいだけなのに。涙は止まらない。ちくしょう大谷さんにもらったタオルなんてプレミアもんなのにびしょぬれだ。あと左近はわたしのこと何歳だと思ってんの?怒るよ?

「もうやだ三人とも大好きだちくしょう……っ」

おちょくられるのに疲れてきた頃、踞りながらぼそりと呟けば、三人は三者三様、みんなして笑った。
左目に映る景色を見て、どうにもわたしだけは、わらえなかった。

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